メタバース世界をコードで思考し、コードで実装するための手引き 番外編
自生的秩序のある社会をつくる法理論とその中核をなす部分の明確化を行い、その考え方を基本にブロックチェーン・アプリケーションを開発して、メタバース世界を「コード」化するために必要となる哲学的思考を紹介するのが本連載の目的なのだが、番外編として哲学編の読書案内をしておきたい。
まずはこの本から紹介したい。
自生的秩序のはじまりは「テツダイ」である。日本の村落社会の研究ではユイ(労働集団)、モヤイ(あるいはコウ)(資本集団)、のほかにテツダイ(とくに能力がない無能の集団で、時間はある)からなっていた。実際何か複数の活動を集団でおこなうと、人は足りない。で、とくに能力も無くぶらぶらしている連中(テツダイ)がいるというか必要で、彼らがいないと上手く組織は動かない。これが『互助社会論』の主張だ。こうした時間の貸し借りは暗号通貨とも相性がよくて、地域通貨として湯布院のyufuなどが有名だった。
こうした仕組みを自生的秩序としたのはハイエクであるが、その考えを日本にみつけていたのが福沢諭吉で、「国会の前途」において、彼はその起源を江戸の徳川家康の考えた社会観に見た。
この流れを丁寧にひもといたのが、『保守思想とは何か』を書いた桂木隆夫氏で『保守しそうとは何だろうか』でそれを展開して、『慈悲と正直の公共哲学』にまとめた。
福澤の考えた社会のあり方は、彼がアメリカやイギリスの啓蒙思想に深く影響を受けたことにあることは知られており、また啓蒙思想家として世界思想史のなかに輝くのが福澤諭吉なのだが、その啓蒙思想を丁寧にたどったのが、『アメリカ啓蒙の群像』『スコットランド啓蒙思想史研究』『啓蒙と改革』を記した、京都大学の、いまは名誉教授だが、田中秀夫氏である。
彼の仕事をとおして、ジェファーソン達が起稿したアメリカ憲法の仕組みが非常にあきらかになるとともに、こうした思想の始まりがヒュームであることも明確になっていく。ハイエクはアメリカに移住してシカゴ大学で経済学を教えるのであるが、それを批判的に継承したのがフランク・H・ナイトで『リスク、不確実性、利潤』が昨年翻訳された。
「保守主義」というと何でも自由にして努力や才能のないやつがまけても政府は知らない、というフリードマンの考えやそれに影響をうけたレーガン以降の経済政策、日本も実はそうなっていくのだが、と一緒にされがちだが、ハイエクはそのようなことは言っていないし、もちろんシカゴ学派もそのようなことは行っていない。このあたりを整理したのが落合仁司氏の『保守主義の社会理論』落合氏は数理宗教学という不思議な学問をしている。
このあたりの不思議を上手に解説する論文をあつめたのが、坂本達哉・長尾伸一氏の『徳・商業・文明社会』がある。
またこのあたりを物語風に易しく説明しているのがハズリット氏の『世界一シンプルな経済学』。
そして、このあたりの思想のご先祖のヒューム研究へと流れていく。物語として楽しく読めるのが、BaggainiのThe Great Guide ,そして、坂本達哉氏の『ヒューム 希望の懐疑主義』が来る。萬屋博喜氏の『ヒューム 因果と自然』は帰納推論とベイズをヒューム思想の中で展開する。
ヒューム『人間知性研究』この翻訳は齊藤繁雄さんと一ノ瀬正樹さんの手になる。
ここに上げなかったがイギリス経験論に関しての一ノ瀬さんの一連の本は非常に参考になる。本連載では『人格知識論の生成』『英米哲学史講義』『原因と理由の迷宮』を参考にする。
そしてフィリップソンの『デイビット・ヒューム』。
さてこのあとは実際の研究書だが、手引きとしてPaul RusselのThe Oxford Handbook of Hume、これは本格研究への入門書。Humeの論文集としてDavid Hume Collected Writings, そして、Frederick F. S, SchmittのHume's Epistemology in the Treatise: A Veritistic Interpretation (Oxford) を上げておく。
以上である。ブロックチェーンで自生的秩序のためのコード(法律)をコード(プログラミング)にして行く、とう動きは、思想史的にはこの流れにのっていて、これは、リバタリアニズムとは大分違う思想なのだが、これはイギリス経験論的な流れの中で、ベイズ主義的な思想を巻き込んでここ200年以上にわたって展開してきたものである。ヒュームからの社会思想を踏まえて、自生的秩序を提供することが出来るポテンシャルがブロックチェーンにはある安易な思考ことを考えていくときに、非常に力強い味方がHumeの哲学なのである