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クレーム【短編小説】

クレーム電話。

上司に接客を受けたという人物。
非通知。
名乗らない。
けれど、どうしても納得ができないと嘆き。

「普通、ヒアリングって、30分ぐらいなものでしょ? それをネチネチネチネチ、人の経歴を突きながら、1時間経ってもヘラヘラ馬鹿にしたように終わらないから、わたし言ったんです、お時間大丈夫ですか? って、でも全然止めない、あの人凄く人を見下してバカにしてますよ」
と、早口でまくし立てる。
「すみません、その担当が本日は出張で外してまして」
と、僕はとにかく相手の話を聞いて状況を説明し、この場をなだめなければならない。
しんどい。
「わたしが高校を1度辞めたことを凄く馬鹿にしたように、ずっと突いてきて、イジメにあったの? とか、なにか素行が悪くて辞めさせられたんだとか、そんなこと面と向かって笑いながら言います?」
「すみません、状況を私は把握しておりませんので」
「自分は大学まで行ったから、とか聞いてないこと言い出して、どういう目的でそういうこと言うんですかね?」
「それは私にはわかりかねますが」
「自分がああいう態度をして、それが公にならないとでも思ってるんじゃないのかね、いやね、あなたを責めたいわけじゃないの」
「はい」
しかし、聞いている限りでは、この人が言っている嘆きについては、よく理解できる。
もちろん、僕に言われても困るけど。

「あなたは、そういう言われ方してないからわからないかもしれないけど、言われたわたしのほうは、本当に苦しいし、虐待受けたようなものですよ」
勿論、言われてはいた。
その上司の口の悪さについては、僕自身も随分と心を痛めてきたのだ。
だけど、話し合う余地のないものに対し、いつまでも執着することの無意味さについて、この数年随分と向き合った気がする。期待を捨て、諦め、そして、なにかを失ったようになる心の処理を常に強いられ、そして距離を覚える。
「大学だって親が金だしてくれたから行けたんだろうに、なに上から目線で、わたしだって苦労しながら子供育てて、嫌な気持ちになりながらも仕事しなきゃって日々一生懸命暮らしてるんだっての」
「ええ」

簡単に括られて、適当な枠の中にいる人物として、あしらわれたくはないよなぁ。
だけど、ここでお気持ちは分かりますとも言えない。僕もこんなことあったんですよなんて話せない。

「それで、どのような伝言を伝えさせていただければよろしいでしょうか?」
「あのね、傷ついてるの、酷いこと言われたの、精神的に苦痛で屈辱を味わったの」
「ええ」
「あの人を信用できない。わたしが答えたヒアリングシートがあなた達の会社にある事自体、不快で怖い、それを、破棄して、破棄した証拠をちゃんと提示すること、そしてあんたのところの上司から謝罪させること。それが確認できなければ警察に相談するから」

「分かりました」
きっとこの人は、上司に受けた屈辱が何度も頭の中で反芻され、言われた侮辱に対しその反論があまたの中を何度も駆けめぐって、相当苦しいんだと思う。
そういうのよく分かる。
できればこんな電話だってかけたくないだろうに。でも、かけないわけにはいかないぐらい、頭の中で、ずっと苦しみと怒りが繰り返されているのだろう。

「あのね、あなたを責めたいわけじゃないの」
「はい」
「でも、あの人は他人を見下してバカにして生きてるような人ですよ、ホントに」
「……」
「それを理解しとかないと、あなた達もそういう下劣な人に成り下がるよ」
「……」

そんな気もしてくる。
「あの、伝言を承りましたのでお名前と連絡先を」
「言わなくてもあっちはわかるはずだから」
と、吐き捨て、電話が切れた。

はぁぁ。
しんどい。
名乗らない。非通知。怒鳴り声。会話ではなく訴え。多々一方的ではある。
けど、

「大変だろうなぁ」
と、同情した。

そして、家に帰ったらゆっくり、「下劣」について考えてみようと思った。








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