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異物【短編小説】

バス停まで数十mのところに、ネクタイを頭に巻いた中年男性が寝ていた。

酔っ払いだろう。

ネクタイを頭に巻いて、酔っ払って道端に寝てしまう中年男性がまだこの世に存在していたのだ。

噂では聞いたことがあった。
高度経済成長時のサラリーマンが接待で盛り上げるために、頭にネクタイを巻くのだ。
たぶん、ハチマキの代わりだろう。
気合い入れて、とか、応援団だとか、それらを模して盛り上げる感じの。

僕は、バス停の手前にある自販機で、ペットボトルの水を買い、ネクタイを巻いた中年男性から少しだけ斜めにある壁にもたれ掛かる。
そして、中年男性を眺めた。

頬がほんのり赤い。
いや、顔全体が赤い。
酔っ払っているからだろうか。
白目をむき、口を少しだけ開けている。
無防備。

仕事だから?
お酒が好きだから?
人見知りだから?
そうするしかしょうがなかったなにかしらの理由があるのだろうか?
そして、放置されてる。

ネクタイを頭に巻いて、なにかしらを頑張ってたと思われるこの中年男性を、誰も介抱せずに帰ってしまったのだろうか?

あいつ調子乗り過ぎとか、空気読めないとか、いつも嫌われてるとか、酒癖悪いとか、あいつはあれでいいんだよとか、なにかしら軽視された存在もしくは、認識をされている、そう思われるように演じている、いや、そういう人物なのかもしれない。

「……パトラッシュ」
中年男性が小さな声で呟いた。

パトラッシュ?
フランダースの犬?
ルーベンスの絵の前で死んでしまう主人公、天使が舞い降りて天国へ連れて行くラストの?

ふと、ハチマキを巻いた中年男性を光が照らした気がした。

「?」

すると、寝ている中年男性にチラチラと光の粉塵が舞い、それが天使の形に見えてきた。

「え?」
フランダースの犬?
死ぬ?
ちょっ、なにかしなきゃ?

と、自転車に乗った警察官がやってきて、中年男性の前に停まった。
「すみません、大丈夫ですか?」
「んふぁ?」
中年男性が意識を取り戻した。

僕はその場を離れバス停へと並んだ。
しばらくしてバスが到着した。
バスが発車するとき、ガラス越しに中年男性の方を見ていた。
ネクタイは頭から取られ、ひたすら警察官にお辞儀していた。

そして、僕はホッとした。






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奥田庵 okuda-an
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