永遠の命当たりました。【短編小説】
ノックの音がした。
インターフォンを鳴らしてほしい。
インターフォンのモニタを押して誰がノックしたのか確認する。
「え」
知っている顔。
でも、明らかに若い。
またノックの音。
いや、だからインターフォンを鳴らしてほしい。
僕は扉を開ける。
「やあ」
と、彼が言った。
「やあ」
と、僕も一応こたえた。
「入っていいかな?」
知っている顔である。でも明らかに若い。
僕は一瞬戸惑うが彼を室内へ入れた。
「どれくらいぶり?」
と、彼が訊いてきたので、
「その前に、君がもし、僕の知っている人物であるなら、明らかに若いのだけれど」
「18歳ぐらいに見えるでしょ?」
「うん」
「18歳なんだ」
「は? でも、君と最後に会ったのはもう、15年近く前だよ」
そう言うと、彼は笑った。
彼にソファを勧め、僕は椅子に座った。
「最近の考え方で、もう肉体は必要ないんじゃないかって話知ってる?」
「肉体はいらない?」
「そう、結局、生きていることを自覚しているのって「意識」じゃない? デジタル技術が進んでいくに連れて、意識をデータ化してしまえれば、劣化する肉体に固執する必要はなくなる。つまり、肉体を捨てて、意識を外部データに変換することで、永遠に生き続けることも、しばらくの間、死んでしまうことすらできてしまうって話」
「意識をデータにって、なんか、マンガみたいな話だね」
「でもさ、怖くない? いくらデータが移行しましたって言われても、実際は、生前のデータをAIに読み込ませて、その人っぽく振る舞わせているだけの話で、生命体としての意識は死んでるわけだからさ、それっぽく見せて、儲けようとしてる気もするじゃん」
「AIがそれっぽく振る舞ってるだけで、実際は死んでるかもしれない。でも誰も確認できない。当事者にならないと死んでるのか生きてるのかってことがわからない。ってことか」
「当事者だって知ることができない。死んじゃうからね。だから胡散臭いAIより生命体としての永遠って、良くない? ってオレたちみたいな命の派閥が生まれたのさ」
「派閥って?」
「18歳に見えるだろ?」
「うん」
「遺伝子培養の肉体交換で永遠の命を手に入れる方法さ。簡単に言えばクローンさ」
「クローン! ってことは、遺伝子が同じでも別の生き物ってことじゃないの?」
「そこがミソさ。クローンの人権問題。クローン単体でも人権はあって当然、オリジナルの肉体が衰えた際の交換として、クローンの誕生は認められない」
「ああ」
「でも、こう考えられないかな? 意識がそれを求めていたのなら?」
「……」
「つまり、クローン自体が死を求めた場合、オリジナルがその肉体で意識交換をするってことさ」
「クローンが死を求める?」
「クローンに、AI意識を売り込むって話さ」
「……こわっ」
「君は覚えてないかもしれないけど、僕らがまだ高校生の頃、オレたちの遺伝子を遊び半分で売ったの覚えてないかな?」
「遺伝子を売った?」
「ほら、献血の横で、唾と髪の毛を渡すと健康チェックしてくれてさ、ついでに5000円のギフト券くれたやつ」
「ん?」
あったかも。
「あのとき、遺伝子取られてたんだってさ。オレもこの話をされるまで覚えていなかった」
「つまり、君は18年前の遺伝子から出来上がったクローンと、意識のみ交換したってこと?」
「そういうこと。クローンは、田舎の施設でまったく別の人物として育てられ、で、選ばれたと持ちかけられ永遠の命と偽ったAIに変換されたのさ。で、残った身体をまたオレが使ってるってことさ」
「君の元の体は?」
「抜け殻だって、臓器売買やらなんやらって金になるんだ。金は入るし、若くもなれる。いい話だろ?」
そうなのだろうか?
「オレたちは、実験として以前に遺伝子抜き取られてるってことで、格安の百万で肉体交換できるんだ。そして、お前のクローンもまた、AIに意識を移行させることに同意してるらしいんだ」
「……」
「チャンスだぞ。乗らないほうがオカシイ。億万長者は、何億出しても若い時間を取り戻したいって聞いたことあるだろう? それが格安で手に入るのさ。しかも元の体の臓器とか売って、お釣りもくる」
と、彼は笑った。
「そのうち、偉人のクローンと肉体交換もできるようになる。女性にもなれる。まあ、まだ、自分のクローン以外に適応するまでに時間はかかるらしいけどね」
僕はそんな乗り気じゃなかった。
胡散臭いし、怖い、それに、
「でも、歳をとりたいんだよな」
と、僕は言った。
「そんなのいつでもできるって」
「まあ、そうなんだけどさ」
「乗り気じゃないなら、ゆっくりと考えるがいいよ」
と、彼は僕に名刺を差し出し、
「その気になったら連絡してよ。絶対、その気になるからさ」
と、言った。
名刺には「命の派閥」と書かれていた。
派閥ねぇ。
それ以来彼は現れない。
さすがに嘘だろと思っている。
しばらくして、「ゴムマスク詐欺」のニュースが巷を騒がせた。
3Dで顔の型を作って、他人の顔を複製できるようになったことで、再会と偽り相談を持ちかけて、お金を騙し取るんだとか。
そんなバカなと、思いつつ、あの18歳の彼はゴムマスクだったかもなと思ったり。
ノックの音がした。
インターフォン鳴らしてよと思いつつ、今回は無視をした。
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