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【小説】そこそこの成功確率。
彼は小さな街の商店街にある、古い喫茶店にいた。
わたしは、さり気なく近づき、声をかけ観光客を装い世間話をした。
この街の話を訊き、彼はそれほど長く住んではいないと話し、しばらくして、
「確率の問題です」
と、言った。
「え?」
わたしが訊きかえすと、
「僕は、スーパーマリオでいう、『スター』みたいなもんなのです。僕と一緒にいると、ある一定の部類の人たちは、とても調子が良くなって、人生の上り調子を体験することになる」
ゲーム、「スーパーマリオ」で獲得すると一定時間、無敵状態になれるアイテムのスター。
わたしは少しとぼけて質問を返す。
「ある一定の部類?」
彼は頷き、
「人を信じられない考えの部類に属する、共感能力が低い、自分勝手な傾向の人たち」
と、言った。
「なるほど」
「確率の問題です。どうも僕はそういう人に出会う確率が高かった。そして、それなりに楽しく彼らと過ごすことができたんです」
「過去形?」
「うん。もう、うんざりだから、ちゃんと警戒してるんです」
「ほう。でも、そんな彼らはあなたといると調子が良くなる」
「ええ、彼らは僕といる間はとてもうまくいく。今まで空回りしていたことが、不思議なくらい成功する。例えば会うことすらできなかった憧れの人と繋がったり、ひっきりなしに人が離れていっていたのに突然信頼されはじめたり、欲しいと願ったタイミングで臨時収入や仕事が入ったりする」
「それは凄い。なんでそんなことが起きるのだろう?」
「なんでなのかは僕も分からない。たまたまかもしれないし、僕が無意識に彼らの何かをいい方向に導いているのかもしれない。ただ、僕の方に関して言えば、なんだか酷く疲労が溜まり、そして悲しい結末を迎える」
「悲しい結末?」
「調子の上り始めはお互いとても良いんです。彼らもそれなりに悩んでいたし、自分の現実に納得がいってなかった。僕は彼らの話に耳を傾け、その悩みについて一緒に突破口を探してみる。そして、風向きが変わり始める。そこまでは楽しい。彼らも僕に喜びを伝えるし、僕も嬉しくなる。けれど、ある一定の到達点を過ぎると彼らは、僕を『ツール』のように思い始める」
「ツールとは?」
「自分のしんどさを肩代わりしてくれる『ツール』つまり、足りない部分は僕が引き受けてくれるだろうと勘違いする」
「それはあなたがいつも彼らのしんどい作業を肩代わりしていたりしたからなのかな?」
「そこはね、偶然、僕の興味と彼らの枯渇が重なっていることが多いみたいなんです。彼らが話す野望のようなものに、僕の中で疑問が浮かぶ、そして、何かしらのアプローチを提案する。行動であったり、紹介だったり、言葉だったり、モノだったり。それがうまく作用し始めて、『好転』に繋がる」
「それもたまたまなの?」
「たまたまです。そして、彼らの周りに人々が寄り始める頃に、だいたい終わりになるんです」
「どう終わるのですか?」
「僕が離れるんです。絶望的な嘘をつかれて、彼らのミスを僕が被る仕組みを企てられている。そして、反省する。余計なことをしたなって」
「余計なことというのは、彼らの相談に乗ったりすること?」
「ええ、共感能力が低い彼らのような人に、一瞬、夢を見させてしまうような気がしてるんです」
「夢?」
「今まで感じたことがなかった相手への『信頼』のようなものを僕に見出す。そしてなぜか同じ勘違いをする。もしかして、自分は人の気持ちを利用することができる『特別』な人間かもしれないって」
「なるほど」
「そんな人はいないんですよ」
「しかし、あなたがまた協力したら彼らのような人は『好転』する可能性があるんですかね?」
「いや、僕も反省したので。なぜ、ああいう不幸なことがおきるのか? 沢山考えました」
「なぜ起きるのか?」
「彼らは開拓者で、僕は観察者なんです」
「開拓者と観察者」
「彼らのような人は社会の中で自分の地位を確立して広げたいと思っている。その競争を勝たないといけないと考えている。僕はただその必要はあるのか見守って、考え続けている」
「だからある意味、彼らの方が積極的で自分に正直で力強くもある。僕は立ち止まって、考えて、また戻る。だから歩幅が合わないんですよ」
「あなたが去ったあとの彼らはどうなるのですか?」
「うまくいきます」
「ほう。なら問題ない?」
「彼らが望んだことが、ある程度、実際手に入る。けれど」
「けれど?」
「思っていたのと違うと感じるみたいです。うまく行ったのに虚しい。思っていたほど心は充実しないし、尊敬もされない。大成功まではいかなくて、ソコソコで止まる。ソコソコうまくいったまま、虚しい。つまり、僕を失ったときから、僕と一緒に感じた『充実のようなもの』が喪失してしまうのです」
そこまで聞いて、少し間が開いた。
「恋みたいですね」
と、わたしはほんの少し空気を和らげてみた。
「ああ、ホント。恋みたいですね」
と、彼も笑った。
「実際、そういうメッセージが長文で届くんです。けど、本人じゃなく、決まって周りの『友人』が彼も反省していると送ってくる。ややこしい」
「それであなたは自身は救われるのですか?」
「僕は、ただ静かに観察して、考えていたいだけです。社会性みたいなものを諦めれば、かなり救われる」
「社会性を諦める?」
「僕はどうも集団には馴染めないみたいです。それに結局、彼らの欲しているものは、手に入れたとしても満たされることのないものだったりするのではないか? と、考えるようになりました。彼らが求める社会の中での地位のようなものは、結局のところ集団幻想の一つなんじゃないかと。実際はどうかは分からないけど、僕自身はそんなことを考えながら日々を過ごして、静かに暮らすことが好きなんです」
「手に入れても満たされないものを手に入れたいと思うのが社会の幻想」
「まあ、どうでもいいのです。仮説として、『ある一定の部類の人々』にはってことです。しっかりと喜びを噛みしめることができる人もいるでしょうし」
「はあ」
「だからあなたがどんな人から頼まれて僕に会いに来たのか察しはつきます。探偵さんか何かですか?」
「え?」
「伝えてください。僕が一緒にいたときの高揚感はたぶん一生得られることはないでしょう。手遅れだって」
「なんでわたしが頼まれて来たってわかったんですか?」
彼はわたしを見て、
「確率の問題です」
と言い、ため息を吐いた。
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