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その人の楽しみ【短編小説】

「楽しいんだよ」
と、その人は言った。

僕は最初何が楽しいのか分からなかった。
その人はただ、樹木横のベンチに座っているだけ。

何度か見かけた。
よく座ってるなとは思っていた。

たまに、宙をじっと眺め、左手を少し伸ばしている。

こわっ。
と、思っていた。

「……」
何か見えるのかな?
いや、こわい。

またいる。
と、その人を見かけて思う。

ちょっと近づき、その人が見ている宙を見てみる。

「……」

なにもない。

すると、その人が僕に気づいた。
「……」
「……」

僕を見て、一瞬迷った表情の後、まあ、いいかみたいな顔をして、宙を指さし、ここだよみたいに知らせた。

「?」
僕はそこを目を凝らす。

何もない。
「一瞬、なにかがまだらに浮かぶ」
と、その人が言った。
僕はそこを見つめる。
何も見えない。

「……」
「……」

その人は苦笑いをして、

「楽しいんだよ」
と、言った。

僕も苦笑いをして、お辞儀してその場を後にした。
一瞬なにかがまだらに浮かぶ?

なんだろ。
世界はきっとまだまだ興味深い。
と、過る。優先順位。
そうか一瞬のまだらは僕にはまだ後回しか。
「……」
いや、そんなことないかもしれない。

楽しいのか。

僕は一瞬なにかがまだらに浮かぶについて、少しの間考えていた。




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奥田庵 okuda-an
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