夢は叶っている。
通っていた美容室の、担当美容師さんが独立して、お店を持った。
ローカル線の、小さな駅の少し歩いた場所。
ネットで予約。早めに着く。
「あ、そこに座っててください」
僕はお辞儀して、座って待つ。
新規開店。初の自分のお店。
美容師さんは、シャンプー台のある場所で、なにやら準備している。
二席の小さな店。
来る途中は、少し緊張した。
何かしらお祝いのものを持ってきた方が良いのか?
「おめでとう」をどのタイミングで言えばいいのか。
そんな緊張をよそに、美容師さんは、今までと変わらずの、特に愛想がいいわけでもない感じで出迎えてくれる。
変に話も振らず、淡々と掃除をこなす。
それをボケーっと見ている。
楽だなぁ。
「じゃあ、こちらに」
「どうも、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
で、「短くしてのお任せで」。
相変らずの、日常会話。
楽である。
お店が開店して二か月弱。一人でやってるし、初めてのお客さんもまだ多いので、「大変」みたいで、
「いや、まじ、ゲロ吐いて」
と、そりゃ大変だなと。
白と木を基調にしたシンプルで、余計な飾りがない店内。
「それで、どうですか夢が叶った気分は?」
と、訊ねると、
「あ、本当だ。私、夢が叶ってるんすね。今、気がついた」
自分の店が持ちたいと、僕が最初に切ってもらった二年半前に言っていた。
生活があって、それを維持するためには、努力やノルマがあって、忙しい毎日の中にいると、昔の夢は、いつの間にか日常の一部となっている。
「でも、次の夢って特にないかも」
僕は、その言葉について、髪を切られながら、ボンヤリと考えていた。
夢を通り過ぎた「最中」について。
髪を切り終わって、レジの横に。
沢山のお祝いの花が置かれていた。カードがついていてそこに書かれている温かなメッセージの数々。
おめでとう。頑張って。応援してるよ。いつも素敵なカットありがとう。
ああ、いいなぁ。
「お花も三週目です」
と、まだまだ皆さんが持ってきてくれているそう。
小さなお店。
昔、なんとなく入った、小さな美容室が頭を過る。頭がデカく見えるパーマなおばちゃんがやってて、くすんだ知らない演歌歌手のポスターとかが貼られていて、おばちゃんの友達らしきおばちゃんが入ってきて、勝手にお菓子食べ始めて、雑誌読みながら、僕が髪を切り終わっておばちゃんと雑談するのを待っているような。「ビューティーキャッスルホワイト真知子」的な横文字を沢山使ってる名前のお店。
ああいうお店も、最初は、色々なワクワクがあって、自分のこだわりとか、好きなものとか並べて、段々と「日常」と同化していって、通常運転が行われていって、毎日が重なっていったのかもなぁ。
「ありがとうございました」
「ありがとうございます」
そうか、幸せな話だなぁ。と。