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未遂。【短編小説】

久しぶり京王線に乗った。
いつ以来だろ?

誰か知ってる顔とか見かけないかな?
なんて、チラチラと乗っている人の顔を見てしまう。

と、あきらかに不機嫌そうな近づいたらなにかこちらに被害がありそうな男がいる。
足を組み、浅めに座席に座り、虚ろな目つきで宙を見つめている。

酔っ払い?

僕は隣の車輌に移動しようかななんて考えていると、男はおもむろに内ポケットから口紅を取り出し、口の周りを塗り始めた。

ん?

乱れた口紅。周りに睨みを効かせ、
「ヒィャヒィャヒャヒャヒャ!」
と、笑い出す。

なんか芝居掛かっている。
JOKER?
無敵の人?
人が多くいる場所で火を放ったり、車で突っ込んだり、無差別に刃物振り回したりする、映画チックにマンガチックに、混乱を生んで大掛かりな復讐を企てているつもりになっている頭がおかしいタイプの人?


逃げよう。
と、思った。
けど、あの鞄?
男は幅を利かせて座っているので、鞄を抱えているわけではなく、隣の座席スペースに置いている。
なんか、ぶん投げたら終わりかも?
とか思ってしまう。

「ヒャヒャヒャ!」
乗客は、見えない振りをする人と。すきを見て移動する人と、まだ判断を決めかねている。

僕も逃げるのが正解だと思う。
けど、なんとなく、出入り口に立っている状態から移動した人がいたんで、ラッキーみたいな感じを装い、鞄のちょい横に座る。
「……」
座っちゃった。
腕を組む。
このすぐ横の鞄。投げれそう。けど、その行為をする勇気がいる。
「……」
男がこっちを見ているのを感じる。
「……」
見るか? 立つか? 座ってるか?
と、男の方を見てしまう。
「……」
「……」
目があってる。
なんて白けた目をしてるんだ。寒気がする。怖いな。
さてどうする?
「あ?」
と、僕は声を出し、
「久しぶりだね」
と、言ってる。なんで? 何を言ってる?
「なに? パーティーとか?」
と、とぼけた振り、
「……」
男が黙っている。
「腹減っててさ、ちょっとファミレスいかない?」
「……うん」
え?
いいんか? ヤバ。

僕達は調布で降りて、サイゼリヤに入った。
男は口紅を不自然に塗りたくったままだけど、僕が隣を歩いているということだけで、不自然さが緩和していた。

僕達はミラノ風ドリアと、辛味チキンと、ミートソースパスタと、ドリンクバーを頼んだ。
「最近どう?」
と、とりあえず僕は知り合いのフリを続けていた。
男は、さっきの殺気はなくなり、
「しんどいよ。昔は良かったよね」
と、言った。
僕はとりあえず頷いた。
「死んでやろうと思ってさ。でも、シャクだし電車燃やして、一緒にいっぱい死ねって考えてたんだよな」
やっぱり。どうしよう。何を言おう。
ふむ。
「こんなこと聞いたよ。成功で目立とうが、犯罪で目立とうが、目立ったことにより同じような満足感が湧くって」
「同じような?」
「うん。どうやって成功したの? どんな人生でどんな苦労したの? なんてみんなが話を聞きたがる。注目が気持ち良さそう。で、犯罪者もなんでこんな残酷なことしたんだ、あいつはどういう人生をおくったんだと理由を知りたがる。同じように世間に情報が流れて、それを傍から犯罪者のニュースみながら、いいな、あんな注目されて、俺のほうがひどい目にあってるのに、なんて思っちゃったりしちゃうって」
「ふーん。そうか、そうかもな」
「まあ、やらなかったし」
「うん」
と、男は紙おしぼりで口紅を拭った。
「目立ちたかったのかなあ。同情されたかったのかなぁ。オレ」
「わからないけど、無理をしすぎたのかもね」
男は頷いた。
「よく、眠るといいよ」
と、僕が言うと、
ポカンとした表情で僕を見つめ、
「懐かしいな、そのセリフ」
と、言った。

え?
と、思いつつ、僕は苦笑いをして誤魔化した。

僕は2時間ぐらい、彼の近況を聞きながら頷いていた。随分と苦労している感じはあったが、人生台無しにするほどでもないと、客観的な意見と相槌を挟んで、励ました。
鞄には油とチャッカマンが入っていると言っていた。
「自分の人生が無意味だと思っちゃうのが耐えられなかったんだ」
と、彼は言った。
僕は頷き、
「僕は逆に無意味でいいかも」
と、言った。
彼が不思議そうに僕を見つめた。
「ただ、楽しかったなあぐらい思いたいかな」
と、正直に言った。
彼は少しだけ微笑み、頷いた。

別れ際、彼は久々に調布の街を歩くと言い、駅前で別れた。
「新聞の勧誘は断れてる?」
と、聞かれた。
僕は意味が分からず適当に頷いた。

「……」

再び京王線に乗ったとき、新聞の勧誘? と、頭を巡らせ、
「あ」
と、あいつ? と、新聞配達で奨学金をもらってた隣に住んでた専門学生のことを思い出した。

あいつか。しつこい新聞勧誘一緒に断ってくれたな。
面影ねぇなあ。
苦労したんだなぁ。

「……」

と、嘘みたいな偶然にため息を吐いた。

「まあ、よく眠るといいさ」





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