人の記憶なんか分からん。自分の記憶すらも。
高校の頃の同級生が、芸能人になった。
特に仲が良かったわけでもなく、ただの同級生。
顔は知ってる。名前は知ってる。ぐらいの関係。
だからまあ、テレビや雑誌で見かけても、
「おおっ」
くらいは、思うけれど、まあ、「ふーん」とかで終わる。
同級生だからと言って、一人ひとりにエピソードがあるわけでもなく、だから、彼が、有名になったからと言って、語れる話もない。
何かしらなかったかなと、少し考えたのだけれど、
「あ……」
いや、違う奴か。なんか、プリントを持ってったような、ないような。
また、高校っていうのが、絶妙に記憶がない。
小学校、中学校はそのまま一緒だから、九年間の思い出。
高校の三年間なんてのは、一年ごとにクラスも変わるし、すぐ帰れる文科系の部活に切り替えたから、ほぼ「流してた」記憶が主になっている。
数か月行ったバイトみたいな記憶。六年前にやったバイト。
新橋で降りて、銀座方面へ歩いているときに、少しだけ人だかりができていた。
見ると、写真の撮影をしているみたいで、そこでパシャパシャと、撮られていたのが、その同級生だった。
「あっ」
僕は、その人だかりの間から、彼がポーズを決めて、写真を撮られている様子を眺めた。
撮影は、騒ぎにならないように配慮してか、すぐに終わり、彼の周りにササっとスタッフが数名駆け寄り、少し先で停車しているワゴン車の方へ歩いて行った。
人だかりも彼についていくように動き、その中の女性の一人が、彼の名前を呼んだ。
彼はこちらを見て、爽やかに笑みを浮かべ、軽く手を振った。
僕は、「ふーん」と、眺めていた。
ら、その彼が、僕の方を見て、「おっ」みたいな口元になり、ヨッ、みたいに、手を振った。
「ん?」
俺か? と、思ったけれど、僕の先の人だかりも、みんなヨッと、彼に向け、手を振った。
「ふむ?」
彼は、車に乗り込み、そして、すぐさま発車した。
人だかりも、すぐになくなった。
僕は少しだけ立ち止まったまま、
「ふーん」
と、思った。