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ちょっとのひとそれぞれ。

母親が家を出ていった。
小学生の悠太がうろたえていると、父親が、
「まあ、そのうち帰ってくるだろ」
と、言った。

そう言われて、悠太は、まあ、そうなのかもしれないと思った。
三日たっても、母親は戻ってこなかった。

悠太は心配したが、父親は、
「そのうち戻ってくるから」
と、また言った。

ふむふむ。
そうなんだと、悠太は思った。

五年が過ぎた。
さすがに、心配とかのレベルではないけれど、たまにふと寂しくなる。

「まあ、そのうち戻ってくるだろ」
と、父親は言い続けていた。

悠太にとって、父親がぶれずに「戻ってくる」と言い続けていることは、どこかしら救いになり始めていた。

十五年が過ぎた。
悠太も成人を過ぎて、恋人ができ始めた頃、

「ただいま」
と、母親が帰ってきた。

悠太が驚き、
「え、どこ行ってたんだよ」
「ん? ちょっとね」
と母親が言った。

悠太が、父親の顔を見ると、
「まあ、ちょっとも人それぞれだからな」
と、父親が言った。

悠太は、「ふーん」と、そんな気になっていた。

って、いやいや。


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奥田庵 okuda-an
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