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「街とその不確かな壁」の日々。【短編小説】
「街とその不確かな壁」を読み終わったのは、山手駅のホームだった。
スマホで、電子書籍のKindleアプリで少しずつ読み進めていた。
通勤のバス停やバスの中、駅のホームや電車内、横断歩道の信号待ち、休憩時間のカフェ、自室のベッドの上や、作業中の妻の後ろにあるソファなんかで、ちょこちょこと読んでは、身体に染み込ませる。
そんなに一気にいっぱい読めない。
長い小説だし、仕事の疲れをある程度逃したりする時間も必要だし、眠る時間を削るとそのツケが次の日に蓄積されて、ずっと眠かったりして、そんな日は画面を眺めても、朦朧とする。
少し読んで、頭の中で「漠然」が散らばって、そのことについて考えると、また止まる。
だけれど決して読むことを止めたいわけではなく、どちらかといえば「この小説を読むことを組み込んだ日々」が延々と続けばいいのに、と思ったりする。
この世界に入り込んで、僕の中の邪魔だなぁと思う「日々の溜まった汚れ」を流していきたい。なんて考える。
この物語世界の視点や、読みすすめていく中で生まれる「居心地」に浸っていたい。
なんて思う。
今の僕の毎日は、こんなにも「村上春樹の長編小説を読むのに適さない」組み立てになっていたかと思い、びっくりする。
小説をじっくり読むに相応しい環境や心持ちからは随分と離れたいたんだ。
まあ、しょうがない。
いずれにしても、幸せな半月だった。
こういうペースの読書もまた今だけなのかもしれない。
なぜ山手駅だったかというと、約1ヶ月半に1回ペースで髪を切りに行くのだけれど、その美容室が山手駅にあるため。
けど、僕の住んでいる場所から山手駅はかなり遠い。なんで遠くまでわざわざ通っているのかといえば、僕の通う会社がある街の美容室で働いて僕の髪を切ってくれていた美容師さんが独立して、山手駅でお店を始めたから。
ならば近場の美容室へ替えればいいのだけれど、僕はかなり極端な人見知りで、あまり多くの人と関わるのも好きではないので、こういうことになっている。これもなにかの縁なのだと思う。人見知りが故の縁。僕の家から会社まで約40分、会社のある駅から山手駅まで約40分。
ちょっとした旅。
山手駅についた頃には第三部の後半だった。
予約時間まで時間があったので、ホームのベンチに腰掛けて、最後まで読んでしまおうと決める。ジッとスマホの画面を眺めて読み進める。
あるセリフで、グッと胸が詰まる。
そうか、村上春樹はこの言葉をやっと言えたんだ。と、解釈し、一人噛みしめる。
ゴールデンウイークに入ったばかりの横浜方面の駅ホーム。
多くの人が僕の周りにいたけれど、数分すると電車に飲み込まれて行き、しばらくの静寂。
すぐチラホラからガヤガヤ。
賑やかさと静寂。
「……」
読み終わる。
ああ、読んだんだ。
僕はしばらく静かなホームで余韻に浸る。
何かが染み込んでゆく。
少し寂しい。けれど幸せ。
僕の中で静かに「何か」が誓いを立てる。
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