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誰も見ない写真。


余命が半年と分かってから、静かに整理をしてきた。
それとなく、退職を伝え、仕事を引き継ぎ、あまり騒がれることなく、死んでいこうと思っていた。

死んだ後の事なんか、実は気にしなくていいのかもしれない。
それは、生きている人たちの問題であって、僕は、あとの残り時間について、自分のために過ごしていけばいい。

ああ、僕はこの世界からいなくなるのだなぁ。
と、そんな思いで世界を眺めていると、今までの日常が、少しだけ手放せた気がした。
きっと、僕が世界にいることと、いないことの違いは、大して変わりはないのだろう。
そんなことは分かっていたはずだけれど、たぶん、分かっていなかった。
ここにいていいと、思いたかったんだ。

最後の出勤日、いつも通っていた道。
朝日が眩しく、空がオレンジと青のグラデーション。
「綺麗だなぁ」
と、呟き、スマホを取り出して写真を撮った。
「……」

僕は、写真を撮った後、少し苦笑した。
この写真誰が見るんだろう。

ふと、涙が出てきた。その涙が止まらなくなり、歩を進めるのをやめ立ち止まった。
「まあ、もう、いいだろ……」

僕は最後の出勤はサボることにして、いつもとは逆のバスに乗った。



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奥田庵 okuda-an
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