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T.T 1話-6「看護師さん緊急募集中!^-^」

ここでまた時計を戻そう


朔日庵
つる先生と千尋の夕食時

「そう言えば千尋さん、明日からよろしくお願いしますね!」
「嫌です!」
「え? 嫌!? えぇぇぇぇぇ」 

「そっそんなこと言わないでください 千尋さん! 何が不満ですか? 部屋は選び放題だし、お風呂も入り放題です。光熱費も僕持ちですよ。あと ええと食事は僕が用意するし、この棚のコレクション見てくださいよ! どれを飲んでもいいですよ」
つる先生はちょっと大袈裟に棚に並んだ酒瓶達を指さした。

そう言われて千尋はとりあえず朔日庵の中を見渡す。
確かにこの庵はずっと奥まであって部屋も多そうだ。お風呂はまだ見てないが入り放題は嬉しい。光熱費が掛からないのも最高だし、食事の心配をしなくて良いというのは料理が出来ない千尋にはまたとない好条件。さらに棚に並んだこのお酒が全て飲み放題だというのは最高じゃないか。

いやいや 違う違う。

「つる先生、ごめんなさい。 いやぁ本当にもう看護師なんて懲り懲りなんです。私、自分の人生を一回リセットしようと思って病院も辞めてこの四万十に来たんですから」
「だからこそ丁度いいじゃないですか? 次も決まってないんでしょう? お願いします。本当に困ってるんですよ」

そう言うつる先生の表情を見ると困っているのはよくわかる。でも……。

「一ヶ月でもいいから ね。可能な限り千尋さんのお願い聞くからさ」
「いいえ ヤです!」
「どうしても?」
「ヤです」
「助けたのに?」
「え? そこ? じゃあこっちだって 苦い草の汁、私の口に入れましたよね?」
「そこ? じゃあこっちだって 千尋さん弁当食べたよね!」
「それ言います? 大の大人がそれ言いますか? ヘェ〜そうきましたか?」
「いや ごめんなさい。今のは売り言葉に買い言葉って言うやつで……」
「払います! 弁当代くらい払いますよ! ちゃんとお金持ってますから」

そう言って千尋は上着のポケットを探る。

「あれ? あれあれ? ない……ない ないない!」
千尋は上着を脱いであちこちのポケットを探したが財布は出てこない。もちろんズボンのポケットも裏返した。
リックサックもひっくり返して荷物を全て出してみたがやっぱり財布だけは出てこない。

「……」
眉間に皺を寄せながら千尋はゆっくりとつる先生に視線を向ける。 もちろんほんの少しだけだが疑いの気持ちを込めて。

「いや 僕 何にもしてないですよ」

「ん……どうしよう ほぼほぼ全財産…… ^ - ^;」
千尋は宙を見つめて途方にくれる。

このままだと帰りたくても、帰れない。


再び 野勢診療所


「先生、まとめて電子カルテ入力していくんですか? 今までそんな人見たことないですよ。間違えないでくださいね!」

千尋は、なんか悔しいので嫌味を言ってしまう。するとつる先生は椅子に座ったままクルリと振り返り足を組んで言った。
「大丈夫! 私、間違えないので!」

「先生 カッコいい!」
「よっ ドクターT(テー)!」

なぜか拍手が起こってる。
「テー」って それを言うなら「ティー」だと思うけど。

「先生、本当に間違えないんですか?」
「もちろんです」
そう言ってつる先生はマジ顔になった。

「離れて暮らしていても、しばらく会えなかったりしても 家族の顔を忘れたりしないでしょう」

「……あ……っそうか」
先生にとってはこの集落のみんなが、家族なんだ……。

「カブトムシの幼虫とかなら分かんなくなっちゃいますけどね!」
「いやだ つる先生ったら!」
と言いながら澄江さんが先生の背中をペシっと叩いた。

この後つる先生は、ちょっと遅くやってきた患者さん達を個別に診察室で対応した。


お昼

「千尋さん、これ玄関に掛けておいてください」
「はい」
貴子さんから渡されたのは、「休診中」の吊り下げ看板だった。千尋はそれを持って診療所の入り口から外に出てガラス戸に付けられたフックに取り付けた。
ふと見ると横に診療日が書かれてあった。

野勢診療所の診療は、月・火・木・金の午前9時から12時まで、午後16から18時までとなっていた。


「つる先生、お腹空きました! お昼はどうしますか?」
と千尋は言った。

昨晩の約束で、食事はつる先生が作ってくれる? はず。
「あぁ もう発注してあります。 そろそろ届く頃だと思いますが……」
「あれ、先生が作るって言ってませんでしたっけ?」
「『用意する』と言ったんです。 朝夕はなんとか作れても昼に自炊は時間がないと出来ません」

その時診療所の駐車場に、真っ赤なスポーツカーが入ってきた。
ここに診察に来る人は大概軽自動車や軽トラックだから、集落の人でなさそうだ。

「来た来た。昼飯の到着です」

スポーツカーから降りてきたのは、スタイルの良い上品そうな女性だった。まだ春なのにサングラスを掛けている。
女性は助手席のドアを開け、紙袋の包みを持ってから診療所に入ってきた。
ミニスカートから見えるスラリとした長い足の運び方もモデルのように美しい。さらにサングラスを取ると無茶苦茶美人だった。

「龍劔! あんたねぇ 私はフードデリバリーのドライバーじゃないのよ! なんで私があんたの昼ご飯を買って来なきゃ行けないのよ!」

美人が全てお淑やかとは限らないらしい。

「はいコレ!」
と不満そうに言いながらその女性はつる先生にさっきの紙袋を渡した。

「ありがとう。姉さん」

姉さん?


「みんなぁ 四万十バーガー、僕の奢りです。一緒に食べましょう!」
「ってオイ! あんた一銭も払ってないでしょう!」
「ハハハハ」
「まぁ いいわよ。こんな診療所勤めでみんなに奢るお金なんか無いでしょう」

こう言う女は好きになれない。

「もちろん後で払うからさ。臨時収入があったんだ」
「そんなこと言いちゃっていいの? まあいつになることやら」

臨時収入……?
千尋は冷たい疑いの目でつる先生を見た。

「詩織先生! こんなところまでご足労いただいて、本当にありがとうございます」
別室で作業をしていた貴子さんが戻って来てそう言った。
「貴子さん……」
詩織先生と呼ばれたその女性は、貴子さんの名前を呼んだだけでそれ以上の言葉を交わさずに二人して抱き合った。それを見た千尋は、二人の間に特別な何かがあるのだろうと思った。

しおり……先生(?)

「姉さん。こちら貴子さんの後任をしてくれる 鷲見野 千尋 さん。千尋さん! こっちは僕の姉です」
「千尋?……『千回尋ねる』と書く 千尋さん?」
「はい。 鷲見野 千尋 です。 よろしくお願いします」
そう聞いて詩織先生は千尋の顔を見た。そして何か思い出したような何とも言えない表情をした。

「千尋さん」
「はい」
「……いいお名前ね」

グッドネームアゲイン……なぜ?


つる先生はみんなにハンガーバーを配る。
「遠慮なくどうぞ」
「ありがとうございます」
「千尋さんもどうぞ」
千尋がつる先生を見る目は、ちょっと怖い。
「ありがとう……ございます」
そう言いながら千尋をハンバーガーを両手で一つづつ手にした。

(つづく)


1話-6「看護師さん緊急募集中!^-^」
『T.T (ティー.ティー)』© 2025 Hayase Yoshio


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