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T.T 4話-3「千尋の夜 Zz。.(⁎ꈍ﹃ꈍ⁎)」

四万十町 野勢
朔日庵 十六夜の間 布団の中

眠る  鷲見野 千尋 (すみの ちひろ)


千尋 十七歳

……怖いんだ。


次に目覚めたら病院のベッドの上だった。
トイレに行きたくて目が覚めた。

横には椅子に座ったままベッドに突っ伏して眠っている母がいた。
母をツンツンして起こし、トイレに行きたいことを告げたら、大声を出して看護師さんを呼びに飛び出して行った。
仕方ないので一人でトイレに行こうとしたら、腕に点滴の針が刺さっていたのでそのままスタンドを引き摺ってトイレに向かった。
しかしトイレの場所が分からずナースステーションに行ったら母親と担当らしい看護師さんに怒られた。
トイレに行きたいと言ったのにまるで聞いてもらえず、そのまま病室に引き戻されそうになったが「もう漏れます」と言ったらようやくトイレに連れて行ってくれた。

それから医師がやってきて、色々と説明してくれたが何を言っているのか全く頭に入ってこなかった。
ただ「もう遅いし念のために一泊していけ」と言うことだけはわかった。

翌日もう帰れるかと思ったら、そのまま検査入院しろとのこと。

身体が鈍るじゃないか。

それから弟が来て、コーチと同期の友人達が見舞いに来てくれて、その後面会時間を過ぎているのに特別扱いで会社帰りの父親がやって来た。

目が覚めてから何人もの人と会ったし話しもしたが、誰も大会のことは一言も言わなかった。

言われなくても分かってる。
言われなくたって、自分が一番分かってる……。


翌々日、検査結果を先生が説明してくれた。
長々と何か言ってたように思うが、結局よく分からない。
分かったのは一つだけ。
「何の異常も見つからなかった」
と言うこと。
ただそれだけ。

でもそれで十分だと思った。異常が無いならまた次の大会で頑張ればいい。
ここ数日練習を休んで身体がちょっと鈍ってしまったかもしれないが、そんなものは一週間程度でまた元に戻せる。

……はずだった。


この日の午後、いつも通りにクラブのプールへ行き、水着に着替えて、プールサイドでコーチに挨拶をした。
クラブの後輩たちや先輩たちも集まって来てくれて復帰を口々に祝ってくれた。

コーチに今日から泳ぐと言ったら、無理するなと気遣ってくれた。
でも一日でも早く戻りたかった。
次の大会で必ず勝つために。

そして復帰後の一本目を飛び込もうとした。

……けど できなかった。

飛び込み台に登ったが、足が竦んで飛び出せない。

怖い。
そう感じて後退りして台から降りたら、立っていられず転げた。
「腰が抜ける」と言う言葉を聞いたことがあるが、コレだと思った。
立ち上がれる気がしない。
足が震えているのが分かる。いや手も震えている。

その後、コーチが走り寄ってきたところまで見えたが、そのまま また気を失った。


気付いたら元の病室に逆戻りしていた。

? 夢の中で夢を見ていた ?
? それとも誰かリセットボタン押した ?
? いや別の時間軸に移動したのか ?

さっきまでのことが、夢だったのかと思った。
こんなアニメとか映画とかドラマとかあったよなぁ と思って現実逃避をしながら首をちょっと傾げてみた。

でも今回は隣に母親はいないし、点滴は打たれていない。

そうしたら突然母親が病室に入ってきてまた大騒ぎになった。
特にトイレには行きたく無いので、今回はそのままボォーとベッドの上にいた。
しばらくして看護師さんと今朝私のことを「異常無し」と言い放った医師が異常に驚いた顔をして入ってきた。

あんたの顔が「異常有り」だよ。

そっちはなんか動揺しているように見えますが、本当はこっちの方があんた達の何倍も何十倍も驚いているんだってばぁ。分かる?

元々こんな顔なので冷静に見えるかもしれないけどさぁ、こっちは今まで生きてきた中で一番驚いてるんだよ。 分かるか! コンニャロめ!


それからまた検査々々で三日間。
前回の検査のやり直しに加えて、精神鑑定までやられる始末。
さらに若年性痴呆症まで疑われて記憶力テストまで……。
「歯ブラシ、鍵、スプーン、腕時計、鉛筆」……もういいよ。

結局のところ 学校を首になるんじゃ無いかと心配になるくらいの検査の嵐だった。

結果……また「異常無し」
……バカヤロー。

ピチピチ女子高生の10日間を無駄にしやがって。
軽々しく考えんてんじゃねぇぞ。


結局何も見つからず退院した。

翌日授業が終わってからクラブへ行った。
今度は水着に着替えずに、とりあえずプールサイドに立ってみた。

やっぱり 怖い。

水が怖いのか、息が止まって苦しいのが怖いのか。
死ぬ かもしれないのが怖いのか。
……よく分からない。

足が震えている。
見ている人には分からないかもしれない。でも本人には分かるんだよ。プルプル震えている自分の足が……。

気付いたら涙が溢れ落ちそうになっている。
誰かが見てたらどうしよう。 恥ずかしい。
でも……でもせめてコーチと話さなきゃ。コーチなら助けれてくれる。何かいいアドバイスをくれるはず。
だってこれまでだって辛かったり苦しかったりした時は必ずコーチが助けてくれた。
きっと今回だって……。

「コーチ 私……怖いんです」
そう言うのが精一杯だった。

「ならもういい。 療養ということで出てこなくていい」

「そんな……」

(つづく)


T.T 4話-3「千尋の夜 Zz。.(⁎ꈍ﹃ꈍ⁎)」
『T.T (ティー.ティー)』© 2025 Hayase Yoshio


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