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T.T 3話-1「それぞれの夜(๑- -๑)...zZZ」
四万十町 野勢 の 夜
満天の星空。
昼間は雲も少なくよく晴れていたので、今夜は星が良く見える。
特に一等星であるスピカ以外の乙女座を構成する普段はちょっと探しにくい他の4等星達までも見えている。
街の灯りが届かない野勢の夜空の星々は高く遠い存在であるはずなのに、なぜか手を伸ばせばこの手で掴むことが出来そうなくらいにすぐそばに感じる。
この星空の下、野勢の集落にはポツンポツンと家が建っている。
古い燻し瓦の黒銀色した屋根の日本家屋もあれば、建て替えられた今風の青や赤のガルバリウム鋼板できた屋根の住宅もある。
それぞれの屋根の下には、それぞれの家庭とその家族の生活と、そして思いがあった。
乃万 菜乃花 (のま なのか)宅
父 ・ 母
弟:大夢(ひろむ)
菜乃花は同級生達と別れた後、田んぼの畦道を遠回りして歩き、時間を潰しながらも自宅へ向かう。
家に近付くと動物のような叫び声が聞こえてくる。もし知らない人がこれを聞けば森に棲む猿の一種かと思うかもしれない。
でも菜乃花にはその声が 弟「大夢」 の叫び声だとすぐに分かる。
今日もまた……。
あんな家に帰りたくなくても、今帰る場所はあそこしかない。
……仕方がない 仕方がない……。
「ただいまー」
菜乃花はそう声に出したが、いつもの通り返事はない。
小さい頃、呼ばれて返事をしなかったらひどく怒られたけど、今は菜乃花が話しかけても親は返事をしてくれない。
いつものことなので菜乃花はもう何も感じないし何も思わない。いや感じないように、思わないように自分の中の本当の自分に言い聞かせてある。
玄関まで弟の 大夢(ひろむ)の大きな声が聞こえる。
それは母親への抗議の声のようにも思えるし、嘆き悲しんでいるようにも聞こえる。
母親には、大夢のこの悲痛な叫びが届いているのだろうか。
大夢は三歳の時に自閉症と診断された。
以来、乃万家は大夢を中心に動き始めた。それと同時に菜乃花の存在は忘れ去られた。
どうしてわずか三歳で自閉症なんてものが発生するのかよく分からないし分かりたくもない。いつかつる先生みたいなお医者さんや美音ちゃんみたいな賢い子が研究して解明してくれればそれでいい。
「大夢! お願いよ もう母さん限界なが! 限界なのよぉ大夢! お願いよ もう母さん限界や 限界ながよ」
「うわぁぁぁ 出来ん出来ん出来ん出来ん!」
毎晩毎晩、叫び声。
こんな家、こんな家、こんな家。
「おまさんも何か言うとーせよ。うちはこれ以上どうしたらえいがですか?」
母親は錯乱状態らしく涙声で父親に助けを求める。
「うーんわしにも分からんぜよ。悪いけど仕事で疲れちゅーんちや勘弁しちくれや」
父親は働き、稼ぎ、家をそして家庭を維持するだけで精一杯なのかもしれない。しかし家にいて大夢の面倒をずっと見なくてならない母親にとってみればただの現実逃避に見てしまうのだろう。
「おまさんはいつもそう、『疲れちゅー』言うたらそれが免罪符になるきね。そう言う時私はどうしたらえいか? もう気が狂いそう」
「……」
菜乃花には全て聞こえている。
弟の叫び声も、母の泣き声も、父の戸惑い声も。
でも菜乃花の声は誰も聞いてくれない。誰にも届かない。
菜乃花はカバンからプリントを取り出して食卓に置こうとするが、少し考えてからまたカバンに戻して二階に上がり自室に入った」
安屋敷 美音 (あんやしき みお) 宅
祖父 ・ 祖母
父 ・ 母
兄1 圭(けい) ・ 兄2 俊(とし)
妹1 詩音(しおん) ・ 妹2 花音(かのん)
美音は帰宅すると玄関から入らずに縁側に回って犬と少し遊んでから軒下に置いてある水槽で飼っている金魚やメダカに餌をやり、そして足に絡まってくる猫を十分に撫でてやる。その後引き戸を開けて土間に入り端っこに置いてあるスズムシやカブトムシやクワガタのケースを開けて霧吹きを掛けてから、土間の一番奥に置いてある大型の水槽に向かう。
そこには置いてある横幅で一メートルを超える大きな水槽に一匹の魚が泳いでいる。
美音は、小学六年生の春に四万十川の河口に遊びに行った時、網で掬った不思議な縞模様の小さな魚をこの水槽で育てていた。最初見つけた時はワカメかアマモの切れ端がフラフラ漂っているように思えたが、掬ってみるとそれはよく分からない何かの幼魚の様だった。
当時は図鑑で調べてもなんの幼魚なのか変わらなかったが、体長二十センチを超えた今ではこれがおそらく アカメ だと言うことがわかっている。
最初は小さな赤虫などを与えていたが、魚体も大きくなってきて今ではミミズやエビやメダカやたまに金魚などを与えている。何年かかるか分からないが順調に育てば1メートルを優に超えると言われているので、このまま飼っていく自信はない。いつかは手放さなければならないことを美音も良く分かっているが、そのタイミングは難しい。
美音は母がコンポストを掘り返した時に出てきたミミズを一匹水槽にポチャりと放り込むと ハッパ は嬉しそうに喰いついた。ちなみに「ハッパ」とはもちろん名前である。
美音は ハッパ の食事を観察してから台所に向かった。
「母ちゃん、これ先生からプリント。置いちょくね」
「何それ?」
「三者面談言いよったぜよ」
「へぇ。今頃やったかしらね? お父さん」
「圭 や 俊 の時どうやったかなぁ ええっと……よう分からん」
「美音 はもうなんか考えたが?」
「うーん 分からん」
「圭 も 俊 も四万高(しまこう)やき 美音も四万高やないが?」
「やけんど 美音 はお兄ちゃん達よりずっと成績えいがよ!」
「じゃぁ窪校(くぼこう)は?」
「遠いやない。 電車賃かかるぜよ」
「そっかぁ」
両親の話しに興味を示さず 美音 は画用紙を取り出して絵を描き始める。
「美音! コレ。シオちゃん(詩音) と カノちゃん(花音)にお願い!」
「うん」
美音は母にそう言われて色鉛筆を一旦置いて台所へいき、ご飯とおかずが盛られた幼児用の皿を二つ持って椅子に座った双子の妹たちの前に置く。
「いただきます は?」
「いただきまーす」
「はい。どうぞ」
そして美音はまた絵を描き出す。
そこへ母が両手にお皿を持って来てテーブルに置いて聞いた。
「美音は将来どうしたいが?」
「うーん」
そう言われて美音は一旦手を止め、腕組みをしながら考えて言った。
「美音はねぇ そうやなぁ 世界中の謎を解明する!」
(つづく)
3話-1「それぞれの夜(๑- -๑)...zZZ」
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