見出し画像

T.T 2話-4「引越し手続き完了(ノ^▽^)ノ□」

野勢集落ではちょっとした買い物をするのになかなか不便だ。
昭和の時代から小さな個人商店はいくつかあったものの過疎化の影響で買い物客も減り一つまた一つと閉店してしまった。

代わりに数年前から移動販売というサービスが始まったのは助かる。軽トラックを改装した小さなコンビニエンスストアのような車両が集落の奥まで週に何度かやってきてくれるようになった。
集落に住む人たちの中で、車などの移動手段がなかったり、あっても高齢で運転できなくなった人には大変良いサービスだ。
ただ問題は品揃えがそこまで多くないことだろう。軽自動車という限られたサイズの中にはそれほど多くの種類の商品を載せることは難しい。

今はインターネットが普及してネットショップから商品を購入して届けてもらうことができるようになったが、こちらはどうしても一日から数日のタイムラグが生じるし、高齢者にとってそういったコンピューターやスマートフォンなどの最新機器を使いこなすは難しいのが現実だ。

そして、移動手段があるものは山を下り窪川(くぼかわ)辺りのスーパーへ買い出しに出ることになる。

この日、つる先生と千尋もいつものワンボックで買い出しにきていた。


千尋の診療所勤務初日を終えた夕刻
四万十町窪川 スーパーマーケット からの帰り

「千尋さん」
「はい」
「えっと、千尋さんには色々と助けていただいたし、これからも引き続き診療所をお手伝いいただきたいと思っていますし、千尋さんが無くしてしまったお財布もまだ見つかっていませんから、僕が全ての支払いをするのは当然のことだと思います」

そうです。払ってください!

「ただ一点だけ聞いてもいいでしょうか?」
とつる先生は控えめに問う。
「はい?」
「そのう お酒のおつまみばっかりこんなに買い込んでどうするんですか?」
「そりゃ今晩たっぷり飲むんですよ! 飲まなきゃやってられないし
明日からお休みですよ!」
「いやぁ でもお酒は買ってないじゃないですか?」
「え? 酷い、つる先生! 何を今頃! だって先生どれを飲んでもいいって言ってましたよね! 朔日庵のあのコレクション!」
「言いましたけど……アレ〜? お酒なんかありましたっけ?」
「え!? ^ - ^;(汗)」


朔日庵

「ほら〜 この大量のお酒の瓶は何なんですか!? これ全部飲み放題だって言ってましたよね!」
「あぁ〜はい。 でもこうしてみると確かにお酒もありますね」
「も?」
「この辺りが梅酒で、こっちはマムシ酒、すっぽん酒に、こっちは沖縄のお土産でいただいた珍しいもので海蛇酒ですね、でぇこれもレアらしいですがスズメバチのお酒ですね」
それを聞いて千尋は開いた口が塞がらない。

「ガーン 何ですかコレは? 普通のお酒は無いんですか? どうするんですかこの大量のおつまみは?」
と千尋の鋭いツッコミに考え込むつる先生。

「そうですねぇ じゃあ 行ってみますか?」
「行ってみる? ってどこへですか?」
「貴子さんち」
「……?」


田辺貴子さん宅

田辺貴子さん宅には、夫の哲夫さん、哲夫さんのご両親が住んでいる。
お子さんは皆んな独立して高知市内に住んでいるという。

「こんばんわ〜 あっ 皆んないるいる」
貴子さんの突然の入院で哲夫さんだけでは大変だろうと、澄江さんと直美さんがご飯のおかずを持ち寄って家事を手伝いに来ていた。
「哲夫さん ご飯は?」
「いや大丈夫ですわ。 ご飯は米洗ってスイッチ入れるだけですから。澄江ちゃんも直美ちゃんもありがとう」

つる先生はコンビニ袋に入れたお酒のつまみを哲夫さんに渡しながら言う。
「哲夫さん これ僕らからの差し入れです」
「(僕らって) え!?」
「先生ありがとうございます。あっこちらが新しい看護師さんですね」
哲夫さんはそう言って千尋の手を強引に握った。
「うちの嫁さんがお世話になりました。あなたが来てくれたおかげで貴子が高知の病院に入院できることになりました。本当にありがとう」
「……いっ いいえ、私は何も」

哲夫さんは続けて先生にも言う。
「本当にありがとうな。先生もいい人を探してくれて」

いい人……私はそんなんじゃあ。

哲夫さんはつる先生と千尋に上がるように勧めてくれるので、遠慮なく囲炉裏端に座らせてもらう。
そして哲夫さんが台所から持ってきたのは、千尋が望んだ日本酒の一升瓶と盃だった。
「この酒はねぇ四万十で獲れた『仁井田米(にいだまい)』言うて日本一になったお米で造ったお酒やきげにうまいがぜよ」

「さぁ 飲んで飲んで あっ 先生は飲まんのやったなぁ」
「ええ僕はもしもの時の運転がありますので……」
「そやった そやった。 じゃああんたが代わりに飲んで。 あんたじゃいかんね お名前は?」
とそう言って哲夫さんは千尋に盃を渡してお酒を注ぐ。

「鷲見野 千尋 と言います。」
「またええ名前で、綺麗な娘さんやなぇ 幡多(はた)生まれ?」
「ええ?」
「あっ 哲夫さん 彼女は東京からです」
「またそんな遠くからこんな僻地に、よう来てくれた。ありがとうね」

「先生……私」
「いいですよ、大丈夫です。もし酔っ払っちゃったら、私が千尋さんを担いで帰ります。遠慮なくいただきましょう」
つる先生はそう言って微笑んだ。
「じゃあ いただきます!」
「いいねぇ どんどん飲みなさい。明日はお休みでしょう」
「ありがとうございます!」


こうしてしばらく楽しい時間が続いた後、つる先生は哲夫さんに聞いた。
「高知の病院へは……?」
「明日は休みじゃけん 爺さん婆さん達みんな連れて行ってきます。子供はみんな独立して高知に住んどるでね、向こうで会おうか思うちゅー」
「それは良かったです」

(つづく)


2話-4「引越し手続き完了(ノ^▽^)ノ□」
『T.T (ティー.ティー)』© 2025 Hayase Yoshio


いいなと思ったら応援しよう!