長期投資の入門 第11回 太陽光とEVと炭化ケイ素との不思議な関係
【編集部より】
長期投資について理論と実践を進めている山本潤氏の過去コラムシリーズを再掲載いたします。普遍性の高い内容ですので、色褪せず参考となるものと考えております。
なお、内容は執筆時点(2022/10)のものですので、留意の上ご覧下さい。
ーーーーーーーーーー
=太陽光とEVと炭化ケイ素との不思議な関係=
SiCは結晶欠陥が非常に大きなものであること。さらに、SiCは結晶そのものが傾いていることです。また、SiCは加工が難しい。欠点だらけでした。
これだけの不利な点があるのにどうしてEV向けにSiCが注目されるかについてはいろいろな背景があります。
まずは、走行距離の制約がEVにあること。
そしてなぜEVなのか。
これはカーボンニュートラルの要請にあります。
結局のところ、太陽光や風力などの不安定な再生エネルギーで電力を賄う方向にある。しかし、発電において石化燃料を使わないとなると自然エネルギーの変動が激しさを克服する必要がある。
その激しさを埋めるためには大量の蓄電池が負荷平準化の社会システムとして必要になる。人類が必要とする発電量の数倍の風力と太陽光発電がこれから設置されていきます。数倍の発電量が必要なのは変動を見込んでいるためですが、蓄電池が身近に大量にあることが要請されるのです。
曇りが多い国、緯度の高い国でも太陽光発電はこれからますます設置されるはずです。たくさん発電してたくさんため込む社会になっていく。
時代の要請により、各国政府が目をつけたのがEVです。
EVというよりそれに搭載されている大容量の蓄電池が社会的な要請です。
EVを普及させることで大量の蓄電池を社会に存在させ、太陽光の発電の負荷変動のリスクを地域全体で軽減しようという国策なのです。この国策に水素自動車やハイブリッド自動車は答えることができないのです。
水素自動車だけでは脱炭素は無理で、自動車単体としていかに水素自動車が優れていても、自然エネルギーを大量に補完する蓄電池としてのEVには社会的重要性においてかなわないのです。
このように投資家は、社会のシステムの理解も必要になります。
単純に水素と電気自動車を比べて判断してはいけません。風力や太陽光などを支えるには「電気自動車しかない」と考えるのが筋です。
ビックピクチャーが大事であり、スマートシティやスマートグリッドを脱炭素の動きとして理解することにつながります(水素を再エネで作ると液化のコスト、特殊な貯蔵容器のコストがかかります。水素生成のプラントが必要になります。局所的太陽光発電の局所的二次電池による蓄電が理想的なソルーションです。水素活用は棲み分けになり電車や大型船や飛行機などの大量輸送に必要とされるでしょう。)。
EVは矛盾に満ちた乗り物です。
その矛盾とは長く走るために大きな電池を積むと物理的なトレードオフが生じてより高いエナジーが必要になること。そのため、できるだけ車体は軽くしたい。
また、できるだけ効率的に電気を用いたい。
シリコンではできないことがSiCにはできる。たとえば消費電力は半減し、チップ体積は4分の1以下になる。軽くなり、電池は長持ちするので走行距離は増える。その付加価値は非常に大きい。
=京都大学による炭化ケイ素MOSFETの歴史的偉業=
この欠陥だらけのSiCが急に離陸した背景は他にもあります。
ブレイクスルーが突然生じたことです。
結晶欠陥が多い理由が解明されたのです。
それは熱でした。
シリコン酸化膜をゲート酸化膜に使うだけではなく、素子分離にも酸化膜は使います。
ウェハーを熱するだけでSiCについてもシリコン酸化膜は作れますが、その熱が結晶の欠陥を増やしていた。欠陥は電子の移動度を犠牲にする。
たとえば、同じシリコンでもアモルファス状態と多結晶状態と単結晶状態というものがありますが、欠陥のない単結晶状態がもっとも電子が動きやすいことが知られています。
その意味ではSiCの欠陥の多さはひどいものがあった。
それが近年克服されたのです。
SiCを高温プロセスから守り、低温でシリコンを堆積させて低温で酸化させる手法が2020年に京都大学工学部の本木教授たちにより発表されたのです。ロームと京都大学は提携しており、ロームが第4世代で大幅なキャッチアップをしたことはこの2年間の大きな動きでしたが、その陰には京都大学研究陣のサポートもあったのでしょう。ロームは京大工学部敷地内にローム記念館という研究棟をつくり、共同研究を行っており、京大を資金面でも支援しています。
教授らは国だけではなく企業からも研究資金を補い、とてもよい論文を多数出しています。ロームは権利者となり本木教授らが発明者となっている特許も複数存在しています(参考文献一覧を参照)。
資金力があればよい研究が出来て、優秀な学生も集まり、就職も地元でできることから、ロームに優秀な人材が入社するよいプラットフォームになっているとわたしは推定しています。
しかし、京大は京大で独自の研究を大切にしており、ロームというよりはSiC業界全体を考えたオープン戦略をとっているとわたしは見ており、この電子移動度を20倍に高めた一大発見も京大単独での特許となっています。(特許公開番号WO2021/246280)
SiCの難しさの二つ目は結晶自体が傾いていることで、これは斜めにウェハーのインゴットをスライスするしかなく、あまりは再利用するしかないのです。グラインダーやステルスダイシングなどもSiCにとっては非常に有効なツールになると思われます。
[参考文献一覧]
●「4H-SiCにおける結晶欠陥の微細構造とデバイス特性への影響に関する研究」筑波大学恩田正一(2013)
https://core.ac.uk/download/pdf/56656306.pdf
●本木京大工学部教授のインタビュー記事(2019)
https://www.rohm.co.jp/analogpower/interview/02
●特許出願番号2019-566441(ロームと京都大学との共同研究による出願)
●「パワー半導体産業の比較分析と微細化技術の導入効果に関する研究」九州大学 馬場 嘉朗(2020)
●ロームHP rohm.co.jp
●「アナログ電子回路」オーム社1995年 杉本泰博(中央大学理工学部教
授) https://amzn.to/3RUWvss
●「自動車用パワーエレクトロニクス」科学情報出版社2022年クライソントロンナムチャン
https://amzn.to/3RVPc43
(つづく)
(山本潤)
(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)