長期投資の入門 第9回 パワー半導体について
【編集部より】
長期投資について理論と実践を進めている山本潤氏の過去コラムシリーズを再掲載いたします。普遍性の高い内容ですので、色褪せず参考となるものと考えております。
なお、内容は執筆時点(2022/10)のものですので、留意の上ご覧下さい。
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=SiCパワー半導体=
さて、次世代パワー半導体SiC MOSFETの将来性について連載してきました。本日もSiCパワー半導体の続きです。
技術的なトレンドは、とかく表面積を増やして付加価値当たりのコストを抑えること。
最初、SiCは小さな4インチの基板(ウェハー)で作れていました。
しかも、MOSFETの構造は横型だったのです。
横型とはドレイン電極がゲートの隣に設置されているもの。
当時は平屋建ての建物しか作れない時代でした。
半導体の平屋建てをプレーナー構造といいます。
平坦さを意味するplainが語源です。
穴を掘る。穴を意味するtrench。
この構造で高耐圧パワーMOSFETは縦型が主流になりました。
縦にすることで材料が捨てる部分は少なくなり、ウェハー当たりの取れ数は劇的に増加します。
現状は、フィールドプレート構造といって、トレンチをぶつ切りにすることでさらにトレンチを深くしています。
一見、トレンチを細くすると表面積が小さくなると思われるかもしれませんがご安心を。トレンチはぐるりと環状で掘られているので、ウェハーベースでは表面積は影響を受けません。
トレンチを小さくしてチップ面積を4分の1にできれば費用対効果は2倍弱になる計算です。
そして、最終手段は、4インチであったウェハーの直径を6インチにする。
さらに6インチならば次に8インチにすることで加工の手間を変えずにスループットを増やすことができます。
パワー半導体にも長期の進むべき道は定められており、やるべきことが決まっています。
長期的にやるべきことが決まっている人々は強いのではないか、などとわたしは思うのですが。
=MOSFETのトレンド=
1.ゲート長さは短くなる
2.ゲート酸化膜の材料は誘電率を上げていく
3.横型のnpn構造から縦型のnpn構造に変化していく
4.トレンチ構造はより細いトレンチになる
5.トレンチ構造はより深いトレンチになる
6.ウェハーはハンドリング可能な限り薄化していく
7.ウェハーは大口径化していく
8.p型の改良はすべての半導体において大きな課題となっている
これらの構造上の長期のトレンドは生産者にとって費用対効果を高めるよいトレンドをもたらします。
=SiC MOSFETの拡大余地を想定する=
炭化ケイ素SiCの良さは何か。
SiCは絶縁破壊電界強度がSiの10倍であること。
薄い膜厚のドリフト層で高い耐圧となる。
現在は電子移動度がシリコンの方がSiCに勝り、普及の妨げになっていました。それも今後解決されていくでしょう。
SiCとSiとのMOSFETとしての比較では以下の特徴があります。
コスト:高い
耐圧:10倍
バンドギャップ:3倍
熱伝導率:3倍
低オン抵抗:優れる
高速スイッチ:優れる(対IGBT)
コスト面はウェハーの大口径化とトレンチ化によって徐々に格差は縮まりつつあります。現状では2-3倍の格差があると推定しています(2022年現在)。
結晶構造としては、4H-SiCと呼ばれる構造を採用しています。
4Hの他に6Hや3Hもあるのですが、バンドギャップがもっとも大きな4H-SiCがパワーデバイスとして選ばれています。
シリコンと違い、結晶が傾いていることもあり、結晶面(上面、側面、正面)によって電子移動度が違うなどの難しい問題があります。
SiCコストが高い要因のひとつはウェハー製造が昇華法と呼ばれる作り方で結晶化が遅い。
シリコンは溶液から結晶ができますが、SiCは一旦気化させて再結晶化されるので時間がかかる。
また、SiC最大の欠点は、欠陥が多いこと。
欠陥を少なくするための工夫が期待される。
30年以上、SiC研究に携わっている京都大学の本木教授によれば「まだSiCは登山にたとえると4合目だ」という。逆に言えば改善の余地はとても大きい。
[参考文献一覧]
●「4H-SiCにおける結晶欠陥の微細構造とデバイス特性への影響に関する研究」筑波大学恩田正一(2013)
https://core.ac.uk/download/pdf/56656306.pdf
●本木京大工学部教授のインタビュー記事(2019)
https://www.rohm.co.jp/analogpower/interview/02
●特許出願番号2019-566441(ロームと京都大学との共同研究による出願)
●「パワー半導体産業の比較分析と微細化技術の導入効果に関する研究」九州大学 馬場 嘉朗(2020)
●ロームHP rohm.co.jp
●「アナログ電子回路」オーム社1995年 杉本泰博(中央大学理工学部教授)
●「自動車用パワーエレクトロニクス」科学情報出版社2022年 クライソン トロンナムチャン
(つづく)
(山本潤)
(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)