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長期投資家読本 化学の知識は投資に必要か?その1

【編集部より】


 長期投資について理論と実践を進めている山本潤氏の過去コラムシリーズを再掲載いたします。普遍性の高い内容ですので、色褪せず参考となるものと考えております。
 なお、内容は執筆時点(2022/10)のものですので、留意の上ご覧下さい。

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=はじめに なぜアナリストが化学を勉強するの??=


 正直申し上げて、株屋に理系教養は必要でしょうか。
 必要ないといえばないかもしれません。
 短期の循環(株価の上げ下げ)だけを扱う短期投資では業績の動向とチャート分析だけでもなんとかなるかもしれません。

 長期の投資ではどうでしょうか。
 こちらも経営者の評価や事業環境など、ビジネススクール的に物事を整理するだけで十分かもしれません。競争優位論やブルーオーシャン戦略といったものでなんとかなるのでしょう。

 ですが、どうしてもなんとかならないところがあります。
 それはバリュエーションのところで、今回の読本では書けないところですが数式が多数出てきます。

 教養(本コラムでは理系の教養)は将来の展望を見通すときにどうしても必要になります。業績の手前の部分、ビジネス・デベロップメントを技術評価するとき、世の中の情勢はこうだから、こういう要素技術とこういう経営戦略を持った企業が面白いのではないかという仮説を投資では立てるのです。

 仮説を立てるためには、やはり要素技術で尖っている企業が評価の対象となるのです。
 理系の教養はそこで役に立つ。
 要素技術の内容やそのトレンドが時代にあったものなのかを考えるわけです。

 イノベーションとは技術トレードオフを超える進化がどのように生じるかを理解しなければなりません。技術のトレードオフは技術を知っていないと話にならない。技術のトレードオフを理解するために理系教養が必要になるのです。

 たとえば、ビックデータを扱う場合は、線形代数の知識がなければデータを「きちんと」整理することができない。乱暴な整理をしていては仕事になりません。

 あるいは仮説を立てるにしても、論理が必要です。
 論理は議論の土台です。
 そして化学もバイオも最終的には量子の動向であり、そこでは確率も使う。
 現象を写像や作用の論理として見ることができなければ本当の実態(=無限の要素で構成されているもの)はつかめない。

 「リンゴが落ちる」ということを「リンゴが落ちてもったいない」とみるか、「万有引力が作用した」とみるかで理解度には各段の違いがでるものです。
 もちろん、リンゴという固有名詞を覚えるよりも、万有引力の法則を理解して物事を見る方がよく、原則を広く適用できる方が投資には役立つ場合が多いのです。


 それでは金融屋である私が数学をやらなければならないと思ったのはなぜでしょうか。
 わたしが金融業界に入ったのはバブル期1990年でしたが、そのころの外資系金融の一部は日本企業を「カモ」にしていたのです。派生商品であるオプションやスワップ等の適正価格が顧客にはわからないことをいいことに、彼らは「暴利を貪っていた」のです。

 わたしの先輩がオプション理論の勉強をしていました。
 わたしもなけなしのボーナスをはたいて東芝ダイナブック(ラップトップPC)を購入し、ロータス123(表計算ソフトでマイクロソフトのエクセルのようなもの)を使って、オプションのプライシングモデルを作りました。
 ブラック・ショールズのモデルは簡易的なものであれば誰でもできます。
 ところが、その頃のわたしにはブラック・ショールズ式の意味がわかりませんでした。金融屋でありながら、商品の理論価格がわからないというのは恥そのもの。これでは自分の将来は絶望的ではないだろうか。そう反省することができたのです。
 わたしはそう思えて運がよかったのです。
 これが支店に配属されて営業ノルマを課せられていたらそれどころではありませんでした。

 その後、通勤時に高校の数学の参考書を復習しました。
 それでもオプションの理解には2年の年月はかかったでしょう。
 なんとかオプションの均衡(アービトラージ)理論が理解できるようになったのです。

 金融屋にとって、数学は必須だとわたしが思う理由です。
 知っていることが顧客を「暴利」から守ることになり、所属する組織のための武器ともなります。


 それでは、化学がわかるとどうなのか。
 わたしは数学が好きになったのでずっと継続して勉強(数学科の博士課程で中央大学理工学部数学科の三松研究室所属)していますが、化学については正直、なおざりになっていました。
 若手アナリストには「化学をちゃんと勉強しなさいよ!」と言っていたが、いま自己批判いたします。

 やっぱり人に言う以上は自分でも勉強しなければと今年に入って思い直したのです。アナリストが理系を含めた一般教養を幅広く身につけるのはこれからの時代は必須だと思ったからです。


 さて、わが社のアナリストたちが若いといっても文系人材を高度な理系人材に仕立てることができるのでしょうか?
 いや、「できるのでしょうか?」というのは他人事でしかなくわたしは失格です。このような傍観的態度ではダメなのです。高度な理系人材に育ってもらわなければ困ります。
 それでは一体、どれだけの年月が必要でしょうか。
 本人次第の部分があります。

 将来、若手には一流のアナリスト、ファンドマネジャーになってもらいたい。そして、お客様には出来ましたら、彼らの成長を暖かく見守っていただきたいのです。そして彼らの運用者としての人間的な成長のプロセスを見ていただきたいと願っています。
 アナリスト育成への気概を込めて、今回のこの化学読本を書いているといっても過言ではありません。


(つづく)


(山本潤)


(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。万が一、事実と異なる内容により、読者の皆様が損失を被っても筆者および発行者は一切の責任を負いません。)

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