近所にベローチェがあれば勝ちなんじゃ無いかと思う日に
2.14 火 Valentine's Day
仕事を午前中で切り上げ、カフェ・ベローチェに行く。
ベローチェがすぐ横にあるマンションに住んだ事がある。ベローチェがすぐ横にあると言うよりも、ほぼベローチェしか無かった街。
当時私は無職で、主婦をしていた。10年ちょっと前だ。
いや、主婦なんて言うのも烏滸がましいぐらい何もしていなかった。
昼近くに起きて、ゴロゴロしてからスーパーへ、帰りに必ずベローチェへ寄る。ベローチェで2・3時間ぼーっとしたら(本当に暇だったのだ)、夕食を作って夫を待つ。
今日は昨日の繰り返しで、明日は今日の繰り返しが延々と続く様に思えた日々。昼と夜の間にベローチェで食べるサンドウイッチが、ハムサンドかピーナッツバターサンドかぐらいの違いしかなかった。(前職を辞める間際の忙しさで強烈に体重を落としていた私は、その頃隙あらば口に物を詰め込んでいた)
ベローチェのハムサンドはうっすらレタスとちょっと分厚いロースハムだけシンプルに挟まれて、味も素っ気もないもので、でも存外おいしかったのだ。
今、ベローチェではパスタがあるらしい、バゲットのサンドや、ピザがあるらしい。けれども、今日ベローチェに行ったのは、あのハムサンドが食べたくなったからだ。
ひさびさに入ったベローチェは変わらず全体的に赤茶で、お洒落な洋楽なんてかかってなくて、ザワザワとしていた。
対面で打合せをしている2人は居ても、スタバやカフェで現在よく見かけるweb会議をしている様な人は1人もおらず、ざわざわしてるのに、何故か、どういう作りなのか右の人の会話も、左の人の会話もよく聞こえる。
右の人(推定50代後半女性)の、鬼の様な義姉と住んでいる友人の話(年賀状に書いてあったらしい)。や、
左の人の、勤めているネイルサロンで横行している、従業員の犯罪行為について(ストーン盗難)。
などなど。
周りの話をぼんやりと聞き流しながら、うっすらと思い出してきた。そうそうあの頃の私も、私以外はみんな生きているなぁと思いながらベローチェで(あの頃は席で)煙草を吸いながら、コーヒーを飲んでいた。
東京の端の、柄のそれほど良くない地域のベローチェは煙もくもくで、競馬や競艇、パチンコの話ばかりが聞こえてきていたなと、反復する。
不安定だったなと思う。あの時私は、結婚したてで、一生続けるつもりの、あの頃の人生の過半を占めていた仕事をストンと辞めたばかりで、引っ越したばかりで。
ひとり暮らしから突然ふたり暮らしになった事に慣れなくて、他人が自分の空間にずっといる事に慣れなくて、人の収入で生活する事に慣れなくて、慣れないことだらけなのに、暗闇みたいな時間だけは無限にある様に見えて、足場がぐらぐらしていて、不安で苦しくて、でも少し、ほんの少しだけ楽しかったかなぁ。と思う。思い出しながらハムサンドをムシャムシャ食べた。
単品のハムサンドが見当たらず、諦めて買ったタマゴとハムのセットのハムサンドにはレタスとなんとチーズまで入っていて、もうこれは、思い出の味ではない。(売り切れなのか、無くなってしまったのかは定かでない)
思い出の味では無いハムサンドを食べて、ふたり暮らしにも慣れたなと思う。ふたりでいても案外一人のときと同じぐらい自由だな。と、若い頃思い描いていた未来の自分じゃ無くても、私は私だ。そう思いながら今度はたまごサンドをムシャムシャ食べた。(たまごサンドは苦手だ)
現在のマンションの近くにはスタバがある。今の私はスタバにしょっちゅう行っている。スタバだって嫌いじゃないけれど…
近所にベローチェがあれば勝ちなんじゃ無いかって、自分でもわからないノスタルジーに浸った。
夜。バレンタインチョコは1週間も前に渡していたので、パイナップルと苺を食後に出す。フルーツはよく食べる、2つ同時に出すのは特別な日だ。
バレンタインだって言うのに、夫がまたコーヒーを入れてくれた。夫のチョコを食べた。苺の甘みがわからなくなった。