ウールの行進
ヒツジが1匹
ヒツジが2匹
ヒツジが3匹
異空間から私の心の芝生へ
ポテポテやってきたヒツジを数えている
4匹
5匹
6匹
あ、1匹目のヒツジがもう暇そうに前足で芝生をつついている。あれ?2匹目はどれだっけ。
確か黒くてツヤツヤの顔に、ハッカドロップみたいな前歯に、ゴワゴワでグルグルのコートを着たような、そんな見た目の動物で……
ああ、同じ様な動物が私の目の前に6匹も
リセットリセット。これじゃ眠れない。
ヒツジ達を真っ黒の輪の中に放り込む
ヒツジ達がやってきた輪の中
1匹のヒツジはまだ芝生をつついている。食べはしない、暇つぶしのように草をいじる。
なんか分かるよその感じ。
2匹
3匹
4匹
5匹目が真っ黒の輪の中から、歯磨き粉みたいにニョルーっとでてくる。
ヒツジじゃないでしょう。ヘビ年だから?
「ヒツジですよ。色んなヒツジがいますから。」
ズルズルとおしりを引き摺ってヘビヒツジは通り過ぎていく。
「ショーンよ、行かないでくれ!」
6匹目のヒツジの背中に乗っかるヒツジ飼いが叫びながら飛び込んでくる
6匹のヒツジの飼い主かもしれない。
私が眠る為だけに、ヒツジ飼いの生活を脅かしてしまった。
そう。
きっとそうだ。
「お茶でも飲んでいってください」
私はヒツジ飼いを芝生の真ん中に置かれている赤の小さいテーブルに座らせる。
あれ?こんな可愛いテーブルずっとあったかな。心の中だから、結構都合よくできているのかも。
花柄のプラスチックケースに入った麦茶を、ヒツジ飼いの持参したティーカップに注ぐ。1匹目のヒツジは優雅にワイングラスで嗜む。私はクリーム色の猫柄のマグカップ。
ちぐはぐなスタイルで、麦茶をゴクリと飲み干す。
太陽が地肌にザリザリと刺激を与えるようなお天気に、冷えた麦茶がちょうどいい。
「ごめんなさいね。ヒツジ飼いのヒツジを勝手に私の心の芝生へ連れてきてしまったかな。」
「いいんだ」
ヒツジ飼いが分厚い緑色のグラスから口を離す。
さっきとデザインが変わっている。
鋭い日差しがグラスを通り、木目調の机に緑の透き通った影をうつす。あら、ブリキみたいな赤いテーブルが木目調の勉強机に変わっている。
1匹目のヒツジはウィスキーの様に麦茶を飲む。強く照らされる黒い額は汗ばんでより一層テカテカとしていておもしろい。
ヒツジ飼いが口を開く
「ぼくね、ヒツジなんか邪魔だと思ってました。綺麗なツヤツヤの芝生にフンをするし、生意気だし、変なながーいやつもいるし。犬みたいに穴も掘るんだ。全然言うことも聞かなくって、ヒツジなんかいない方がぼくは楽しく過ごせると思っていたんです。」
1匹目のヒツジはロッキングチェアに腰掛け、自分のゴワゴワの毛で涙を拭いながらヒツジ飼いの話に耳を傾ける。手にはホットココアを持っている。気がつくと芝生は談話室に変わっていた。
変なの
薪ストーブを残りの5匹のヒツジが囲む。
ニョロニョロの長いヒツジがウクレレでよく分からないバラードみたいな、カントリーみたいな不思議なミュージックを奏でる。
お前が弾くの?しかもウクレレ。
ヒツジ飼いが目を閉じてしばらくウクレレの奏でるメロディを口ずさんでから麦茶を1口また飲んだ。
「あのね、ぼく洗濯物を干していたんです。ヒツジ達が毎朝ぼくの小屋まで入ってきてエサをよこせと鳴くもんですから、シーツが汚れるんです。カーペットも脱ぎ捨てたワイシャツも全部。
…ワイシャツは、ぼくも悪いですね。
それで、昼過ぎに洗ったシーツやらを干すんです。何年も使っているシーツですから、薄くなって向こう側が見えるんです。いつも、太陽と、薄くうつる芝生と空の青の中に6つの白いゴワゴワが点々としていて、まるで絵画のようなんです。その風景をなぞるように絵の具を垂らしたいと何度も思うくらいに素敵にうつるんです。ぼく、それが生活の中で唯一好きで。でも、今日はシーツが青と緑のツートンカラーだったんです。
もちろん空の青も、芝生の青もきれいです。でも、その何の変哲もない2色を見た途端に恐ろしく、寂しくなってしまったんです。
見るとぼくのヒツジが真っ黒の輪の中に飛び込んでいくんです。心の中で嫌っているつもりだったんだ、ヒツジの事は。でもぼくが好きな暮らしを彩っているのも、このヒツジ達だった。
ぼくはヒツジ飼いです。そしてそのヒツジ飼いのヒツジはこいつらだ。」
ヒツジ飼いは毎日目にする絵画を思い浮かべているのか、少し微笑んでいる。
私とヒツジ飼いは目を合わせて、うふふと笑う。白い息が冷たい空気の中に消えていく。
かまくらの出口にはヒツジの顔が6つ、ギュウギュウひしめき合っている。
1匹目のヒツジの目にはまだ涙が浮かんでいる。
長くてコシのあるまつ毛に乗った涙は凍っている。
帰らねば。
全員がそう思っていた。
「じゃあ、あなたはヒツジを連れて帰ってください。これ、あげます。絵画のアクセントになるんじゃないですか。」
私はいつの間にか脇に抱えていた赤いブリキのテーブルをヒツジ飼いに差し出す。
「いい色だね、ありがとう。じゃあ、ぼくは帰ります。ぼくのヒツジ達といっしょに。」
ヒツジ飼いはかまくらを出て、向かい合ったかまくらにのろのろと帰ってゆく。きっとあの鎌倉を抜けるとヒツジ飼いとヒツジ達の生活が戻るのだ。今まで通りで、今までとは少し違う、同じような生活が。
長〜いヒツジが私の方を振り返っておじぎをしてから、かまくらへ帰ってゆく。
次眠れないときは野良猫を数えよう。
保護猫活動と睡眠時間の確保を同時にできるって素敵なんじゃないかと思うから。
分厚いまぶたにかすかに光が差し込む。眩しさにギュッと目を閉じる。布団をおでこあたりまで引き寄せる。そっと目を開けるとカーテンの隙間から光が漏れている。
朝だ。
スマートフォンで時間を確認する。
昼だ。
というか、昼過ぎだ。
ここで起き上がる元気が無くなる。
いや、私だって5時とか、8時とかなら元気に起き上がれるけど!13時じゃあねえ
明け方に眠ったんだし仕方ない。
水を飲むためにキッチンに向かう。クリーム色の猫柄のマグカップに水道水を注いでゴクリと飲む
あら?これ、なんかデジャブ。
なんだっけな。誰かとここで、芝生で、暖炉の前で?飲んだような気がするな。
なんか、誰かの生活を覗いたような、ワクワク感がまだ残ってる。ワクワクの残り香
シャワーを浴びて、パックをして
スウェットを適当に着て
脱ぎ捨てたワイシャツから片付け始める。