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睡眠第一
睡眠を第一として生きてきた。
睡眠を優先しない人間とは、友人としても恋人としても、私はたぶんやっていけないと思う。
先週、バス停でも座りたいくらいには怠惰である、と自分のことを話したばかりなのだが、またいかにも、な書けるコンテンツがあったのでここに記しておきたい。
怠惰な人生から得られた話として、寝坊の話を欠くわけにはいくまい。
誰が得するわけでもないが、努力はたびたび裏切られても、怠惰であることはわりと裏切らないのである。
ここ1年、訳あって一念発起し、たいして使ってこなかった資格職で、時給1100円、月20日ほどパートで働いていた。
月曜日から金曜日まで、週に5日間を6時間、月2回は土曜日もでてきてまた6時間組織に属する、という形であった。
私にとっての"組織で働く6時間"は、"愛するアニメや読書にあてる6時間"とは質と優先度が全く違うのだ。
もっと働けよ、という人も世の中には沢山いることだろう。それを思うと心と耳が痛いが、私、厄介なつきにとってのオフライン6時間勤務は超絶辛いものとして位置付けられている。
息を潜め、他人とつくり笑顔で協力し、さらに大切な時間を売って過ごす辛い時間なのでこれが限界なのである。なんとも自分の体力のなさに笑えてしまう。
昔でこそ8時間や残業、さらには夜勤も言われるがままにこなしたが、今や30を越えて、金より時間、金より体力温存、金よりメンタルヘルスである。もう正社員でフルタイムはやりたくない。
そのパートタイマーとして生きてみた私の記録をしておこうと思うので、暇な方、怠惰な人生を参考にしておきたい方は是非お付き合い頂きたい。
パートタイマーとしてのはじめの数ヶ月は慣れるまで必死なこともあり、遅刻も欠席もなく、ぐうたら極まる私にしては「よくやっている」と自画自賛だった。そして少ない毎月の給料日だけを楽しみになんとか生きながらえていた。
なぜ私のように怠惰な人間が一年近くもうまくいっていたかというと、午後からの勤務が功を奏した、そう分析している。そりゃめったに遅刻のしようがないのも当然である。
ところが、ところがである。
年が明けた2021年1月ごろ。
その頃から、人員不足で朝からの勤務が運悪く始まってしまった。
社会人として本当にクズの自覚があるのだが、ちらほらと寝坊するようになった。
寝坊をかましたときの青ざめようは、経験のある方も多くおられるかもしれない。
私もしかり、寝坊、そして遅刻のたびに、げっそりしながら職場に「おくれます…」の電話をかけ、その後一人で開き直って慌てずに落ち着いて出勤するスタイルである。
21歳で就職してから、のちのち話すがどの職場でも寝坊、遅刻の悪癖で多くの職場を転々としてきたのはまぎれもなくこの私である。
なんともクズな話だが、10年に渡る意図しない寝坊の研究(厄介なつき調べ)で、このスタイルが世の中にとっても自分にとってもベストということに気づき、あえてそうしている。
もちろん寝坊や遅刻のその後の職場で、私の評判は良いとは言えない。それでも、首にされずにしがみつけるというのは、人員不足の職場ならではの強みかもしれない。
はじめでこそ、寝坊のうえ、遅刻する自分はなんという愚か者かと落ち込んで泣いたり反省の色を強く見せたりした。
迷惑をかけた職場の人達に暗い顔を見せる日々が数年あったのだが、どうせ寝坊するなら周囲に下手な気を遣わせないよう、怒られて堂々とするほうがどうやら気持ちが良いのである。
そうして、生涯を怠惰でも乗り切っていくために私は寝坊と遅刻に関して、「あっさりとする」「後悔せずに開き直ってやっていく」、なんともクズらしい教訓を心得たのである。
意図した寝坊はほとんどないのだから、この悪癖とはそう付き合うしかないのだ。
これまで使った言い訳は、いくつかある。
それは何度目の遅刻なのか、で変わってくる。私が実際に使い、まかり通ったしょうもない言い訳シリーズをここに記そう。
怠惰に生き延びてきた厄介なつきに興味がある人なんか1人もいないかもしれないが、誰かの今後のためにいくつか紹介しておきたい。
1度目の遅刻ならば、向こう(職場)も心配してくれている要素が大いにある。
寝坊または遅刻1度目
「体調が悪いので受診してから行きます」
魔法のこの一言である。
受診するであろう時間を稼いで出勤、なんとも難しいタイミングではあるが、そこは寝坊助の腕の見せ所である。
うまくいけば、気の利いた上司などが「無理しないように」など言ってくれ、そのままその日は休めるかもしれない。
怠惰な暮らしを送ってきた私の持論だが、遅れたらそのままサボって休むことも、人生一度は経験しておくと人様の遅刻にもおおいに寛容になれるものである。
そしていつの日も、いくつになっても「サボって自由に過ごす」というのは背徳感とともに勇気もいる体験のひとつである。
うっかり寝坊し、割り切りサボって自由を得たあとは、(もしチャンスとやる気があるなら)その勇気を胸にまたクズなりに頑張ればいいのだ。
寝坊、遅刻2度目
「バス(または電車)を乗り間違えました」
ちなみに、これは通勤しだして初めの頃にしか使えない言い訳である。
交通機関に乗り慣れていないことが原因ならば、向こうも「しようがない…今度から気をつけるように」ときたものだ。
車通勤の人には使えないので、「ガソリンが切れました」「猫を轢きました」「間違って高速に乗りました」なり、適当にアレンジをしてほしい。また、会社で保険が関係する人などもいるのかもしれないので、その後のことまで考えて気をつけて使ってほしい言い訳である。
3度目からの遅刻は、要注意である。
「寝坊しました、、」
もうすでに必須の言い訳トップツーは使い切ってしまったので、素直にこれで堂々といくことを強く勧める。
怒られるには怒られるが、大目玉をくらうほどの寝坊の遅刻はその後が大事である。
職場に着いたら、なるべく息を切らせて到着することもひとつ大事な要素かもしれない。あとは、その日を全力で全うすることで取り戻すしかない。
信頼はもうないのだから、半周まわって開き直って働くことを勧める。もし、あなたがとても真面目な人で、人の目が気になって申し訳なく情けなく思っても、執拗に気にしすぎないことだ。
執拗に反省し気にしすぎることは、追い討ちをかけて上司や同僚に「あいつは使えない」の烙印を押され、身も心も苦しくなり、余計に仕事に行きづらくなる。何よりメンタルヘルスに良くない。
反省はしても、ダラダラと落ち込まないことが実経験から得た本当に大切なポイントである。
たとえ、それが何度と続いてもそこも含めてあなたの人生なのだ。
ちなみに、怠惰な私が今雇ってもらえている職場では、朝からの勤務開始は9:45とわりとゆっくりな朝、それも、朝の後半のほうだといえる。
いよいよ、バスの乗り継ぎを逆算して7:30に起きる暮らしが始まった。
昔は7:30勤務開始など、恐ろしい時間帯によく通っていたな〜と過去の自分を尊敬する。
毎朝更衣室のトイレでギリギリまで寝てから現場に出ていたが、もうあんなことは出来そうもないし朝早くから頑張れない。
この頃に比べれば、9:45勤務開始など余裕のよっちゃんだぜとしか言いようがない。
怠惰な人生を全うするには、自分に合った睡眠時間も大事な要素である。
私の睡眠はとても長く、ムラもあるのだが基本はロングスリーパーである。
ロングスリーパーとはよく言ったもので、眠りにつく間は何の活動もせず布団にのめり込んで意識を失っているだけなので、正直なんのメリットもない。
自分で言うとなんだか悲しくなるが、ただの「仮死状態が長いよく眠る人」である。
それでも、それも私厄介なつきの人生なのだ。
たとえ怠惰でだらしがなくとも、私の一部なのだからダメでもともと、もはやここまで来れば愛するほかない。
10時間以上眠れば、寝つかれてやっと起きられる。
気分もスッキリ、元気よく健やかにその日を生きられる。
9時間眠れば、体を動かし無理やり「えいやっ」と自力でベッドから転がり落ちる、などの努力でかろうじて起きられる。
8時間の眠りであれば、多少眠気は残るがまあまあ、"生きた人間"としてその日を全うできる。
7:30に起きるためには、夜22:00には寝なくてはいけない。平均で8時間半、なんとか確保すればその日をまともに全うするには足りる計算である。
逆に、うっかり夜中にスマホを持ち出し、夢中になるコンテンツに出会ってしまえば最後、6時間の睡眠、またはそれ以下となるとその日を全うするにはあまりにも足りない。
眠気とは恐ろしいもので、じゅうぶんに睡眠が取れていない時の私はパフォーマンスがめちゃくちゃに悪い。
ぼーっとして集中できず、気分の波においても大津波が起こる。感情的になりやすく、普段なら流せる他人の小言にもイライラがつのりやすい。
下手したら暴発して、短気発動して罪もない職場の人達と衝突してしまいかねない。(早く眠らなかった自分が悪いのに)
そんな状態で働くなど、本当にやりきれない。
そうなるくらいだったら、遅刻してでも睡眠はしっかりとるべきなのである。
寝坊遅刻の悪癖のせいで職場を転々としたが、3度目あたりからの転職では、睡眠の確保のために職場を決めたといっても過言ではない。
その苦労もあってか、今のベストな午後勤務メインの生活が手に入った。
なんとも怠惰な人生だが、昼間の通勤は人も少なく、読書してから出勤することもありとても豊かなものだ。
決して贅沢はできないが、細々と働くことを続ければ、食うや着るに困ることはほとんどない。稼いでも、続けられない方がより面倒くさい、と今はそう思う。
クズにはクズなりの美学があるのである。
ちなみに来月から、勤務時間がめっきり減ってしまうことだけが今の私の大きな懸念である。
収入もグッと減り、同居している家族は年老いた無職の老爺、働き詰めの母だけで、この両親にも申し訳なくてなかなか言い出せない。クズ娘で、本当に申し訳がたたない子供部屋おばさんである。
これから、どうやって生きていこう。
実家を出るのがここ1年の目標だったけれど、こうなったら実家で暮らし、少ない家計を助けともに暮らしていくほうが賢明な選択になるかもしれない。
一度は真剣にそう思ったが、仕事の時間が減れば睡眠時間が自由にとれて映画やアニメも沢山観れて夜更かしし放題になるじゃん、、と少しばかり嬉しくなってしまった。
ここにクズ極まれり。
31歳、実家暮らし。
普通のパートタイマーからたまにしか働かないパートタイマーへ、明日をも知れぬ、なんとも怠惰な人生である。