暗数の落とし穴
刑事関連では、暗数というのは想定しておかなくてはならないものであるとされている。実際にわかっていることだけでは、実態を正確に把握できるわけではないため、犯罪の実態をより正確に判断し、効率的な刑事政策のための基礎資料として幅広く活用することを目的として利用されています。
しかし、その割には、暗数というのは実態がわからないにもかかわらず、その扱いはかなり雑でありながらも、さも有用なものとして利用されているという不可思議な面がある。
統計に関する間違った利用方法や、暗数そのものに関して大きな誤解があったりするのが主要原因なのだが、それらを是正する情報というのはあまりに少ない。
以前にも別の記事で暗数に関しては幾分かの問題点を指摘させてもらったが、以前に語っていなかった面や詳細にしておきたい面もあるため、改めて暗数について何が問題になっているのかということを紹介したいと思う。
1 暗数の計測 ~申告率=暗数ではないという事実~
おおよそ、物事には明るみになっている部分がある中で、そういない部分というのが存在しているものであり、なぜそうなるのかというのには様々な理由がある。
大まかな暗数の原因としては、以下の3点があげられるだろう。
①被害などにあったが、それを申告しなかったケース。
②本人がそもそも被害などにあっていても、それを被害と認識していないケース。
③被害自体があったにもかかわらず、それを認識できていないケース。
といったところである。
ただ、暗数となっているもので、実際に①のみがまるで暗数のすべてであるかのように語られるケースがみられる。 勘違いからなのか、それとも別の理由なのかどうなのかはわからないが、法務省でも誤解を与えるような表現を使っていることなども一役買っているのではないかと思われる。
(1)暗数という定義の誤用?
犯罪被害実態(暗数)調査
http://www.moj.go.jp/housouken/houso_houso34.html
>(1)警察等の公的機関に認知された犯罪件数を集計する方法と,(2)一般国民を対象としたアンケート調査等により,警察等に認知されていない犯罪の件数(暗数)を含め,どのような犯罪が,実際どのくらい発生しているかという実態を調べる方法(暗数調査)があります。
誤用が広まったケースか?と思われるものとして一つ挙げるとすれば、こういった表現を公的機関が使っていることだろうか?
この説明文を見ると、②③は入ってこない。①ももちろん暗数の一部であるというのは言うまでもないのだが、これでは暗数の全体を計っているとは言えないだろう。にもかかわらず、法務省自体がこのような表現を使っているのは、他者に対して誤解を生じさせているのではないか。
考えられる点としては、②③が暗数であることをわかっていないというようなこともあるかもしれない。が、通常は法務省レベルが暗数に何が含まれるのかという点がわからないというのは考えにくい。
となると、すべてがわからないまでも、数値を出すということに重点を置いただけなのかもしれない。そうであったとしても、暗数とは書かずに申告率と書くことが正確であり、誤解させるようなことをすべきでなかったと考える。
(2)利用しやすいために利用したのか?
暗数が誤解されている原因として他に考えられるのは、①が利用しやすかったのではないかと考えられる点である。
特に、性犯罪は①の実を根拠に暗数が多いという論理を採用していることが多い。現代でも利用しているフェミニストは多く存在しており、申告率が低いというのは、性犯罪を厳罰化や特別な対策をする理由としてはわかりやすい。それゆえに利用したいという心理や理解はわかる。
だが、すでに説明した通り、暗数の種類を考えると正確な数値とは言えない。
主張しているフェミニストが、どこまでわかっているかどうかまでは知らないが、自説を強化するために利用したのは間違いないだろう。
2 主観性の排除ができない ~どこまでを暗数として認めるのか?~
二つ目に大きな問題点としては、主観性の排除がかなわないことだろう。
暗数そのもの自体がそもそもわからない数字であるが、実際に推計を出そうとしても、計算するのも実に難しい。どれを数値に入れ、どれを数値に入れないのか?数値に入れるにしても1回と換算するのか複数回と判断するのか? これが実に難しい。
一つ事例を出そう。Aという窃盗犯がとある倉庫に侵入したとしよう。Aは倉庫に入って周りを見渡すと、思っていたよりもお金になりそうなものが多く、Aだけでは一度では持ち出せない。そこで、Aは倉庫のものを持ち出すために、2時間くらいの間に何度も出入りして、倉庫の物を持ち出したとしよう。
この時、Aはいくつの罪を犯したことになるだろうか?となったとき、あなたはどう答えますか?
数回やった分だけ窃盗罪が成立しますか?それとも時間的に近い時に行った行為であるから窃盗罪は一つだけでしょうか?はたまた窃盗と同時に倉庫に入ったこと自体を住居侵入罪も追加で処理するのでしょうか?
実は類似の判例があり、(最判昭和24年 7月 23日刑集 3巻8号 1373頁)夜に倉庫に忍び込んだ犯人が、約2時間の間に3回倉庫に侵入して、合計 9俵の米俵を盗んだ事件で、一つの窃盗犯として処理しています。
詳しい理由はここでは省きますが、皆さんはどのように判断しましたか?正確に判断することはできたでしょうか?
今あげた事例だけではなく、暗数を計算する際に迷うことは多いでしょう。違法の範囲に入るかどうかのギリギリの事例や、複数の罪に該当するケースでも、本来はその中で一つの罪として評価できるものをどう判断するのか?何度も同じ罪をやっている場合の罪数の計算方法や、常習性があるものはどう数えるのか?違法ではあるのだが、被害者本人がが違法だと思っていないケースや、そもそも犯罪に気がついていないものはどう数値に出すのか? etc
色々なケースや想定、数値などを考えると、暗数がどれだけあるのかというのは算出困難である。だからこそ、暗数というのは計算が難しいというわけであり、人によって判断も異なりやすいから、客観性が出ないし、主観も出やすいというわけである。
3 暗数神話と接し方について
その他にも、暗数の比較において、暗数が多いか少ないかの基準があるわけではないのに、暗数の多い少ないを判断することや、暗数が多そうだと思われそうなものを敢えて比較しないで、特定の犯罪のみを見て暗数が多いといった濫用と見受けられるものがあることは、過去に指摘した。
基本的な統計比較すら根本的にできていない運用が、学識のあるものですらしてしまうこともある。筆者も驚愕することであるが、事実であるので仕方がない。
暗数は特に性犯罪において一つの神話として利用されていたことは事実であり、現代でも利用しているのはすでに指摘した。
だが、以上の事実をもってすれば、暗数を利用することは客観的にほぼ不可能といっていいだろう。
暗数を取り扱うのは基本的に避けた方が無難である。誰かが暗数についての主張をしてきたとしても、暗数の客観性を否定するのが基本となるだろうし、比較論を出してきたのであれば、堂々と比較方法や客観性を相手に求めて後はほかっておくのがいいのではないだろうか。
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