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今村夏子『星の子』

青みがかった深い緑、いや、緑がかった深い青かな。装丁が綺麗で読むのをとても楽しみにしていた『星の子』。

娯楽ではなくシュールなので何度か声をあげて笑ってしまった、おもしろく奥深い小説でした。

とても乱暴な紹介をすると、怪しい宗教を信仰している一家のお話。主人公であり、語り手でもある、わたし、林ちひろが病弱だったために、宗教にのめりこんでいった両親から、わたしが旅立っていくっていうお話なのかなと陳腐なスキーマで読んでいましたが、全然違いました。。。

なので最後読み終わって、報われないなあ。。。と勝手に思ってしまったのですが、報われないも何も、それがちひろの人生であり、他人が勝手に評価するものではない。そんな人生や選択があってもいいよね、と今は思ったりもします。

何を大切にして、何を信じるかは、人それぞれ。これが一番大切だというのは、その人の価値観でしかないなと最近つくづく思います。他人が口出しすることはできても、その人の人生を生きれるわけではない。結局自分しか自分の人生は歩むことができない。

そうは思うものの、客観的にみると、どう考えても怪しい宗教で、生活が苦しくなっているという事実があり、どうしたら救うことができるのかなとか他人で無力なのに、勝手にそう思ってしまいます。主人公のちひろも、学校の修学旅行に行けないくらいお金がない(おそらくお金は宗教団体にほぼ貢がれている)そんな状況で、ちひろが幸せならそれでいいって必ずしも私は言い切れない。ぐるぐるぐるぐる、いろんなことを考えました。

ちなみに私は大学生のころ、サークルの友人に「一緒に行きたいところがある」と言われて、謎の宗教団体の集会的なものに連れていかれたことがあります。(参加費として3000円払い、謎のお守りをもらいました。)

そこで見た景色や体験と、『星の子』で描かれる宗教が、ほとんど完全一致していて、あの時のことが鮮明に思い出されました。

一日その集会に参加して、帰りに私が友人に話したことは、「今日教えてもらったことは、いつも私の中で大切にしていることやし、もうすでに知ってたわ。」です。

今思ってもなんと傲慢な人間なんやという感じですが、私は無宗教で、信じるものは自分。これは大学生の時も今も変わらない、自己肯定感のとても高い人間です。自分をすごく大切にしているからこそ、自分を信じています。

でも、いつも自分に自信が持てるわけではなかったり、心が不安定な時にすがるところが欲しい、そんな人にとって宗教は拠り所になるかもしれないなと思います。今の日本では多数派ではありませんが、海外ではキリスト教、イスラム教、いろんな宗教でいろんな神様を心に住まわせている方がたくさんいますもんね。

そして、この『星の子』、2020年に実写映画化されているそうです。キャストを見てみると、私にしてはめずらしくイメージぴったりだったので、今度みてみたいなと思います。

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