生臭と坊主・2

 慶一は見えないものが見える。見えるよりも感じられるとも言う。

 一つは守護者である不動明王。仏教系の高校に入ってから見えるようになり、声なき簡素な言葉で啓示と警告を下すことがある。
 もう一つは場に残る残留思念、感情とその情景の読み取り、リーディングだ。地縛霊や生霊を見るとも言い、強烈な思念であればその言葉や服装──つまり時代──をある程度特定出来る。生まれ持ったこの才は家族に認められることはなかったが、親友の豊は手放しに評価すると同時に才能を持つ人間の孤独を真心から哀れんだ。以来、自らのリーディング能力を呪うことを止め、豊が警官になる前からコンビを組んで『解決困難な』事件を解決していくようになる。

 売店とこのベンチの間の通路を男が港の出口へと勇ましく歩いている。その顔も姿もうすらぼんやりとしているが、形を見る限りごく最近の残留思念と理解した。その男は、
『あのおかしい島からやっと出れた。もう二度と戻らないぞ』
と声なき声で言うのである。
 海に近い所では女が海を振り返っている。
『あの子達が無事だといいけど』
と悔しそうに。その姿形で20~30年前と判断出来た。
 『私、どうなるの?』
と誰かに手を引かれているかのような女の子もいる。これも先程の女と同じ時代のようだ。
 他にも残留思念はあるが、明瞭に読めるのはこの3つであり、これ以上の読み取りは神経と体力を消耗し、場合によっては精神を蝕まれる。だから慶一はリーディングの目を閉ざす──ここまでは、一瞬であった。

 「書き終わったら飛ばす」
小さく囁いた慶一はスマホのメーラーを立ち上げ、『5W1H』テンプレートを開いた。そのテンプレートに見たものを手早く入力し、
「飛ばすよ」
「ああ」
豊のスマホにリーディングの結果を記したメモをBluetoothで飛ばす。こんなオカルト話は堂々と出来ないからだ。
「いい場所じゃなさそうだな」
豊はメモを速読した感想を囁き、
「ああ。本気で見るとメンタルやられる」
「でも早速いい仕事してくれたし。食えよ。旨いぜ」
食べきっていない自分のかき氷からオレンジと佐波ボンタンを取り分けてくれた。

***

 かき氷を食しても時間はまだあり、連絡船待合所から徒歩5分の商店街を回って時間を潰すことにした。食器を売店に返すついでに大荷物を預け、二人はさなみ商店街を目指す。
 経路上、必然的に佐波魚市場を経由したが定休日だ。
「残念だなぁ。開いてたら魚食って、ちょっと飲んだのに」
豊は悔しがり、慶一は困り笑う。
「お前の食欲はおかしい」
「俺は燃費が悪いの。何でか解るだろ?」
「それは解る」
「後、旅行だしさ」
「旅行じゃねえし!つか、旅行にすんなし」
結局二人で笑う。こうして並ぶと慶一が大柄だと解る。豊が小柄に見えるのは無精な髪のせいだ。
 魚市場の正面は佐波駅へと続くさなみ商店街だ。
 小さな商店街は閑散としており、シャッターを降ろした大半の店のお陰で薄暗い。しかし商店街中程の地元企業のスーパー、駅に近い喫茶店と土産物屋は僅かな客のために開いており、休日になれば活気は出る。シャッターを下ろしていても『テナント募集中』の看板がある店は以外と少なく、この一帯の人々にとって重要な商業拠点であると理解した。
 佐波駅前のロータリーと周辺は薄曇りの空の下で広々と開け、飲み屋やコンビニが入る小さな雑居ビルが空き地と駐車場の間にぽつり、ぽつりとある。そこから見える佐波駅のホームには人はおらず、改札の待合所に一人、二人いるだけだ。
「いいね。こう言う場所は」
「ああ」
閑散な風景に安堵すれば慶一は自然と理解を示す。
「解る。年金暮らしするならこう言う場所がいい。そこそこ便利だし、海や山もある」
「俺も」

 豊は直感と五感が鋭く、慶一は生物の残留思念の化身たる霊が見える。人が多い場所なら尚更に感じる、見えるのだ。それらは脳と体が勝手にやってしまい、勝手に体力を消耗してしまう。
 特に感覚からの膨大な情報収集から統合までを纏めて一瞬でやってしまう豊の消耗は莫大で、食っちゃ寝の理由になってしまう。親にはそれを『ぐうたら』、頭の回転の速さについては『小難しくて可愛くない』と罵られもした。だが慶一はその能力を認め、また孤独への憐れみと理解を示してくれた。
 相互の理解があった14歳の夏以来グレるのを止め、二人は終生の親友となった。『ハコ中のトヨ』は『お昼寝刑事』、『ハコ中のケイ』は『シックスセンスのトヨ』と異名が変わり、暴走族などとの喧嘩に明け暮れた凶悪コンビは人柄を丸くしながら難事件を解決するようになる。但し、煙草と酒を止めたとは言っていない。

***

 二人は人が殆どいない喫茶店で少し時間を潰し、再び連絡船待合所に戻った。
 売店の正面に踏み入った瞬間。慶一の脳裏から警告が見え、その声を感じ、足が止まる。
 脳裏に現れた不動明王は声なき声、実体なき憤怒で行く手を阻む。

……危険……
──行く。
……友のため……
──そう。
……邪教……
──邪教?
……豊に……
──伝える。

一瞬の白昼夢が終わり、豊が自分のリュックサックを運んで来てくれた。
「お不動さんは何て?」
呆然の理由を知る親友がそっと問う。
「邪教」
と耳打ちで答える。
「ほう、なら儀式殺人に巻き込まれたかな」
「おい」
素早い推理はいいとしても行方不明者の末路にしては酷すぎる。
「だが可能性は否定出来ない」
「可能性だけにしてくれ」
「そうあってほしいよ、俺も」
豊と波止場を見た。乗員20名ばかりの小さな連絡船と、初老の船員が乗客を待っている。

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