生臭と坊主・3

 佐波港から汀島までは連絡船で25分。
 乗客は豊と隣の座席で仮眠する慶一、デッキで海風を浴びる一人の若く旅慣れた女──雰囲気と服装で解る──、荷物が入った車輪付きコンテナを詰み入れた運輸業者だけだ。後は2名の船員だが、運輸業者と切符のモギリをした船員は客席でくっちゃべっている。
 豊は船窓から行く先を見つめていた。
 汀島が見えてきている。薄曇りでなければもっと早くに見えていたかもしれない。
(邪教──邪教でも信仰しているのか?)
豊は汀島と、不動明王の警告を結び付けようとする。だが汀島を調べた限り、そう言った事柄は思い付かない。と言うのも汀島にある観光地らしいものは汀浜、汀戎神社、汀洞しかなく、漁師の島らしく海神の一人である戎神を信仰するのは当然だからだ。
 船が大きく揺れ始め、客席に戻ろうとした若い女は手近な座席にしがみついた。
「大丈夫か?」
「ここに座って」
船員と運輸業者が彼女を気遣い、手近な座席に座らせた。
「ありがとうございます。これって荒れてるんですか?」
「いつもだよ。ここいらから汀浜北側、汀浜北側から島の北までこんなんさ。すぐ落ち着くよ」
船員が親切に解説する。その間に連絡船は左折し、粗っぽい潮から離れた。
 汀港が間近に迫り、小さな港へと連絡船は減速を始める。港をカブで走る者、定置網を運び出す者の姿もある。
 豊は慶一の肩を軽く叩いて起こす。寝起きの顔は忽ち驚愕に、驚愕から真剣な顔に変わった。目を閉ざし、実体のないものの声を聞こうとしている。
「どうだ?この島」
「何かヤバいのがこの島にいる」
外からはタラップが繋がれる音がした。
 二人は汀港に降り立った。若い女は写真を撮りながら右手へと進み、運輸業者は唯一の商店へと車輪付きコンテナを運んでいる。

 汀港から島を見た限り──カブが似合う道が横切り、正面は駐車場、道沿いに住居などが余裕を持って並ぶ。小高い山はオレンジと梅の畑になっているが、少なくともそこには住宅の類はない。
 右手向かいには小さな、かつ唯一の商店『えびす屋商店』。港の内側の向かって左手は茶色の壁の小屋、右は倉庫と作業所、漁船のための波止場。二人が泊まる宿『民宿みぎわ』は港から左手、20メートル強先だ。
 茶色の小屋、海側の入り口は佐波連絡船事務所であり、先程の船員達はいそいそとそこに入ってしまった。反対側は確か──地図を見た限り漁協事務所のはずだ。その壁沿いは連絡船の待合所となり、ベンチの並びとその海側には離島価格の自販機がある。壁には時刻表と『切符をなくされた方、定期券が必要な方は連絡船事務所まで』と書かれた貼り紙もあった。
 豊は待合所のベンチ正面の灰皿で煙草をやるが、ベンチに座ったままの慶一はやれなかった。常人に見えぬものを見ているのである。
「ヤバいぞ、トヨ」
慶一は大真面目に豊を見ずに言う。
「ここの神は戎様じゃない」
「何?」
「ここには違う神、神々がいる。ここ、何かいっぱい見える」
「詳しく」
吸い終わっていない煙草を灰皿に捨てた豊はスマホのメモを立ち上げ、聞き取り調査をする刑事の顔になっている。
「ここで暴れてる人がいる。古くからだと江戸時代くらい。そこで島民が代官っぽい人の髷を掴んでいたり、棒で打ったりしてる。生け捕りされた役人もいる。子供が警察か何かに連れて行かれているのも見えるけど、情報がありすぎる」
豊はその様子をメモに記す。
「後、この道路だけど、何人かで大きな箱を運んでいる。幟や旗を持った人に囲まれて、練り歩いている。この港から右手の方に向かってるな」
「何か聞こえるか?」
「ああ。『戎様のおなり』だって騒いでいる」
「『戎様』?」
「水死体のことだよ。水死体を弔えば大漁になるからな」
「検索しとこう。時代は?」
「最近っぽいな」
「箱のサイズは?」
「棺桶くらいだ」
「旗や幟はどんな物だ?」
「大漁旗だね」
「うーん。祭り?」
「祭りじゃない。お神輿がないから」
 先程の運輸業者が空の車輪付きコンテナを足早に引き、連絡船のタラップの傍らに停め置いた。運送会社のジャケットを脱いだ妙齢の業者は待合所で煙草をやりだす。これ以上珍妙な話は出来ない。
「お前も吸っとけよ。行くぞ」
「おう」

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