生臭と坊主・23(完)

 汀島事件とその後について。
 ダゴンとハイドラと共に現れたあの緑の光は佐波半島にまで届き、各SNSの話題になった。だからこそ警察と海上保安庁は考えた以上に素早く汀島に上陸し、生存者全ての退避が実現した。

 恐怖に叩きのめされた島民から事件の経緯を聴取するのは容易であり、全容は慶一と豊が作り上げた調査書の通りであった。
 島民は儀式殺人を半ば常習的に行っており、死者は全て大字汀北部の岩礁に遺棄された。美奈をナンパしたのも、二人と美奈の夜食に睡眠薬を仕込んだのも生贄のためだったと、重傷のみぎわの大将は素直に自白した。
 事件から2日後、慶一の『目撃』通り例の岩礁からは鉄の棺桶が多数発見され、その日のうちに引き揚げられた棺桶の分析が始まった。その週末あたりから行方不明となった者達と棺桶の中の亡骸は次々と一致し始めた。これによって島民への殺人容疑は殺人罪、殺人幇助罪、殺人未遂罪に格上げとなり、島中の成人と一部の未成年が逮捕となる大事件となった。
 生け贄には被虐待児も含まれ、子供への洗脳と虐待、男性島民による女性の性的共有も日常的に行われていたが、これについては元汀島住民がネット上で暴露したことで海外メディアまでもが食い付いた。今までおぞましい島を放置してきた愛洲県知事が離職に追い込まれる日は近いだろう。

 さて、あの腕の長い化け物の死体は汀島に残存したままとなり、科捜研がそれを分析していた。結局は海外から生物学者や研究家まで招かれ、新種の生物だ、UMAだ、宇宙人だ、と推測の議論が交わされることになるが──『ミギワザル』と名付けたのが精一杯であり、分析はまだ暫く続くであろう。

***

 定食喫茶『こんとん』、その名の通り甘味と定食メニューの幅がやたらと広い。慶一が友人と共同経営する店である。
 店内の片付けは始まっており、客は殆ど捌けてしまっていた。慶一は食器を拭く手を止め、胸ポケットで震えたスマホの画面を開いた。LINEの画面を見てから、
「美奈ちゃん、裁判の資金が出来たってさ」
と親友に話題を振った。親友は飯を頬張りながらスマホを触る──豊は普通に生きている。

 彼の動脈や内臓には全く傷がなく、筋肉の裂傷と、鎖骨から肋骨にかけて若干ヒビが入っただけであった。しかし豊はあの世を見たと言っていたから──戎が致命傷を癒してくれたのは間違いないだろう。豊はもう暫くカッターシャツの中にギプスを仕込まねばならないがそれを除けば実に健康で、旺盛な食欲が治癒速度を後押ししている。

 「おー、いよいよだな。今度はあいつらを社会的に抹殺する気だ」
茶を啜った豊もLINEを見て笑うが、
「物理でも抹殺しそうだよ」
慶一は美奈が裁判所で半身を取らないか不安である。

 何故美奈が民宿みぎわとはまべに対して訴訟を決めたのか。
 美奈は引きこもりから海外バックパッカーになったほどの旅好きだが、そうなったきっかけは汀島で犠牲になった木村友里であり、B級スポットのカリスマたる彼女と繋がるうちに一人旅の面白さに目覚めていった。しかし友里が汀島で失踪し、美奈はその足跡を追うべく汀島に上陸したために事件に巻き込まれてしまったのである。
 一人旅の師を殺された挙げ句に旅を冒涜された美奈の怒りはそれだけ凄まじく、カリスマの敵討ちのための裁判資金はクラウドファンディングで簡単に集まったのである。

 「なあ、慶一」
親友が話題を切り替えようとしているから、そのまま喋らせる。
「西宮、行かないか?」
「戎さんか」
「ああ。お礼参りしたい」
「いいね。何時行く?」
「何時にしよう。つーか、どうやって行こうか」
豊はグーグルを立ち上げた。

***

 晩秋になり、汀島事件から完全に解放された二人は早朝の新幹線のホームにいる。仕事抜きで西宮に行くために。
「秋は何を食っても旨い。食が進むね」
豊は駅弁をホームでがっつき、
「お前は秋でなくても食が進むだろ」
親友が呆れる。
「まあね。でもちゃんと食ってるから毎日元気だぞ?」
「まあ、飯は大事だしな」
「そうそう。そして大阪!大阪にゃ串カツ、お好み焼き、たこ焼がある」
「食い物ばっかりだな、おい。目的忘れてない?」
「それはない。でもお前だってセルフたこ焼の店に行きたいって言ったろ?」
「うん、言った」
慶一が苦笑う。豊は空の弁当箱をきちんとまとめた。
(セルフたこ焼き)
名案を閃いた。豊は弁当箱を捨ててから、
「そうだ。セルフたこ焼きが手軽に出来そうなら店にたこ焼用の鉄板買ってみたらどうよ?店でたこ焼パーティとか面白いかもしれない」
と提案する。
「名案だ。やっぱりお前は凄いよ」
慶一は笑顔に感動を浮かべ、
「お前のお陰さ」
豊は親友が認めた頭を指差しながら笑った。
 ホームの放送が新幹線の到着を告げて、荷物を背負っても二人は笑った。

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