生臭と坊主・12

 8名の男達はその二人を滅ぼそうと得物を持ち、
「殺せ!」
カブから降りたところを左右から叩きのめそうと飛び掛かった。豊は速度の風に髪を靡かせながら右手でM9を真上に構える。

まさかの拳銃!

 暴漢達の頭は失念していた武器と、警告の発砲で真っ白になった。
 カブを止めた慶一にリュックサックと背中の間に差したモップの柄を手渡しながら、
「警察だ。逮捕状は後で持ってきてやる。凶悪犯罪者になりたくないならそこで震えてろ」
左手で警察手帳を暴漢に突き付けた。
「偽物だ!」
暴漢の誰かがそう叫び、連中は一気に気色ばんだ。
「儀式の邪魔をさせるな!やれっ!」
暴漢──狂信者8名に2人だけで応戦することになる。
「しゃーねぇな」
豊は頭に鉄パイプを振り下ろそうとする狂信者の脇腹に撃つ。激痛を悲鳴で喚き、アスファルトでのたうつ狂信者から鉄パイプを取り上げた。圧倒的不利のはずが、拳銃と豊の真面目な顔は狂信者達を恐れさせるのに充分であった。
 親友に目配せした豊は親友に鉄パイプを投げ渡す。立ち回りに有利な武器を得た慶一の構えからは無駄な力と落ち着きのなさが消えた。
 「退きな。こうはなりたくないよな?」
豊は腹を庇う狂信者に一瞥してから静かに警告する。
「行かせるか!」
怒声を張り上げた狂信者は慶一に鉄パイプで打ち掛かる。慶一の鉄パイプは逆袈裟斬りの要領でその手を打ち、返した鉄パイプで腹を叩き付けた──常人の動体視力ならその軌道は見えない!そして軽く息を吐きながらもう一度正眼の構えを取る。とても静かに、悠々と。豊はその間にそいつが取り落とした鉄パイプを拾い上げた。
 騒ぎを聞き付け、境内から得物を持った狂信者が更に現れた。その数は合計9名。
「儀式の邪魔をさせるな!」
「やれ、やれ」
狂信者達が飛び掛かる。

***

 慶一の構えはあくまでも柔軟であり、飛び掛かる狂信者を小さな動きで右にやり過ごす。やり過ごし様に脇腹に鉄パイプを食らわし、更にその返しで左から迫る狂信者の腹を真っ直ぐに突く。この打撃も常人には見えない。
 間合いは常にゼロ距離に近い。つまり距離が近いほど慶一は不利になるが、八相の構えと、
「そら!」
敵の膝の真下──骨の隙間の軟骨、痛い所──に蹴りを入れることも、鉄パイプを持ったまま肘を入れることも出来る。そして、リーチの長さは素人に対して充分な威圧となる。

 祖父に引き取られ、彼から教わった新しい遊びが自身の喧嘩の技術と融合し、人助けに使われている。
「お前は俺の誇りだ」
それを知る祖父は満面の笑顔で息を引き取った。

誇りは太刀筋と足捌きを支え、自信は静かな迫力を裏付ける。

***

 豊の頭脳は五感、戦況、全身を紐付けるために高速回転を始めている。しかしこんな離れ業は体力を著しく削るため、短期決戦に持ち込まねばならない欠点もある。そして美奈の安否も配慮するとなると、長期戦になりかねない『正々堂々』と『優しさ』を戦略から消すしかない。
 M9の銃底で狂信者の頬を殴り、敵が倒れ込む前に鉄パイプを使って背後から羽交い締めにする。肉盾を予想出来なかった後続の狂信者はその鉄パイプで仲間の頭を殴ってしまうことになった。想定外の事故で動きが止まった敵にぐったりする狂信者の体──死体かもしれない──をぶつける。
「卑怯だぞ!」
と敵が言い終わらないうちにその腹に一発撃ち込む。ついでにその腹に痛烈な蹴りで追い討った。
 卑怯、これこそが豊の強さの秘密であり、同時に天才を証明付ける誉め言葉だ。そして、卑怯はどす黒く、暗い迫力として狂信者達を恐れさせ、戦かせる。
 次の狂信者へ一気に距離を詰め、顔面にM9を突き付けた。狂信者は情けない声を出したが、引き金を引くかわりに鉄パイプで喉を叩く。
 豊の相手である狂信者は全てアスファルトで悶えている、それを目視で確認してから親友を見た。
 慶一が相手にする狂信者達もアスファルトに倒れており、丁度最後の狂信者を相手に立ち回っていた。慶一は八相の構えから鉄パイプを振り下ろし、狂信者の首の付け根を打ち据えた。暴れん坊将軍、上様、と誉めたかったが、
「急ごう」
二人で境内に駆け込む。

 境内には人はいなかったが、
「来るぞ!」
「近付けるな」
と汀洞から声が上がったから、二人は駆け付けた。
 洞窟の入り口を阻むのはまだ若い男と女性、子供の6名であり、何れも得物を持っている。中でも若い男2人は明らかに未成年にしか見えない。
「退いてくれ」
慶一が幾分か親切に要求する。
「通さない!儀式の邪魔はさせない!」
と女が金切り声で阻もうとするが、豊は地面に引き金を引いた。
「俺は人間は皆、平等に扱うべきだと考えてる。女子供であっても手を出してくるなら俺は平等に迎撃する」
倒れている狂信者達を一瞥しながら、しかし誰にも銃を向けることなく恐怖の静寂を静かに破った。
 彼らは本能的に強敵の存在と恐怖を理解し、女は子供を庇いながら道を開けた。
「ご協力ありがとうございます。もしこの島の風習に疑問や文句がおありなら事情聴取の際に遠慮なく仰って下さい。事情によっては保護の対象になりますから」
と豊はやんわりと敬礼したが、先に汀洞に駆け込んだ慶一に続いた。

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