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認知症診断におけるミレボに続くSaMDの可能性(調剤薬局)
認知症の診断と治療は、超高齢化社会において非常に重要な課題となっています。
近年、デジタル技術の進歩により、Software as a Medical Device(SaMD、プログラム医療機器)が認知症診断に応用されるようになりました。
その先駆けとして、大塚製薬の「ミレボ」が2025年1月に認知症診断支援のためのSaMDとして保険適用され、医療機関での使用が開始されました。
認知症市場は、医療、介護、ITなど様々な分野が融合した、非常に大きな可能性を秘めた市場であり、現在各分野が急速に拡大しています。
・医薬品分野
・介護・福祉サービス分野
・認知機能検査・診断分野
・予防・健康増進分野
今回は、ミレボに続くSaMDの可能性について考察し、今後の展望を探りたいと思います。
ミレボの特長と革新的価値
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ミレボは、アイトラッキング(視線計測)技術を用いた神経心理検査プログラムであり、医療機関内で約3分間の検査を行い、認知機能を客観的に評価します。
従来の認知症診断では、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)などの主観評価に基づくスクリーニングが主流でした。
しかし、これらの主観評価は、評価者の経験や患者の心理状態によって結果が左右されやすく、誤診につながる可能性が指摘されています。実際、認知症の主観評価における誤診率は、研究によってばらつきはあるものの、なんと約20~30%程度と非常に高いことが報告されています。
しかしミレボの登場により、次のような革新的価値が生まれました。
客観的な診断の実現:
従来の主観評価では、医師や検査者の経験や知識に左右される可能性がありましたが、ミレボでは視線計測データを活用し、定量的な診断が可能になりました
患者の反応を数値化することで、診断の均質性が向上
短時間で高精度な診断:
HDS-R(長谷川式)やMMSEは10〜15分の検査時間を要しますが、ミレボでは約3分で診断可能
医療現場の負担を軽減し、より多くの患者に迅速なスクリーニングを提供
視線計測技術の活用:
文字や言語の理解能力に依存せず、認知機能低下を評価可能
認知症の症状が軽度の段階でも微細な変化を捉えられる
ミレボに続くSaMDの可能性
1. 次世代SaMDの登場
ミレボやExaMDに続き、Splinkの汎用AI診断ソリューション、筑波大学の描画動作解析ツール、Sysmexの描画解析ツールなど、新たなSaMDが開発されつつあります。
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ExaMD:
株式会社エクサウィザーズの100%子会社であるExaMDは、自由会話の音声データを用いて認知症を診断支援するAI医療機器を開発中です。この製品は、スマートフォン上で30秒間の自由会話を2回行うだけで、約1分で診断支援が可能となります。2025年2月には、厚生労働省のプログラム医療機器の優先審査対象品目に指定され、早期の実用化が期待されています。
Splink:
ブレインヘルスケア領域の医療AIスタートアップであるSplinkは、セルフチェック型認知機能測定ツール「CQ test®」を提供しています。このツールは、認知機能テストとして初めて2024年度グッドデザイン賞を受賞し、企業の健康経営や人的資本の維持に貢献する革新的なデザインが評価されました。
筑波大学の描画動作解析ツール:
筑波大学の研究チームは、タブレット端末を用いて文字や図形を描画するタスクを行い、その描画データから認知機能障害の診断を支援するツールを開発しました。このツールは、描画速度や静止時間、筆圧やペンの傾きなどをAIで解析し、言語に依存しない評価が可能です。日本とアメリカの高齢者を対象とした研究で、高い精度の認知機能レベル推定が確認されています。
Sysmexの描画解析ツール:
Sysmexは、筑波大学と共同で、タブレット端末上での描画データを解析し、認知機能の診断を支援するデジタルツールを開発しました。このツールは、描画中の速度や静止時間、筆圧、ペンの姿勢などを詳細に定量化し、AI技術を活用してMCI(軽度認知障害)やアルツハイマー型認知症(DAT)の検出を支援します。
2. マルチモーダルAIによる診断精度向上
これらのSaMDを組み合わせることで、認知症専門医でなくても診断精度を向上させることが可能になります。
視線計測+音声解析+描画解析の統合:マルチモーダルAIにより、軽度認知障害(MCI)や主観的認知機能低下(SCD)を早期に検出
診断の選択肢が広がる:多様な検査結果を統合することで、個々の患者に適した治療選択が可能に
3. デジタルセラピューティクス(DTx)の未来
認知症治療は診断だけでなく、治療や生活支援の観点からも進化しています。今後はデジタルセラピューティクス(DTx)の活用が鍵となります。
※デジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics, DTx)とは、エビデンスに基づいたソフトウェア技術を活用し、病気の予防、管理、治療を行うデジタル医療の一分野です。特に、医薬品と同様に臨床試験を経て効果が検証され、規制当局(FDAや厚生労働省など)の承認を受ける医療アプリやソフトウェアを指します。
東和薬品の脳波計測とデジタル技術を組み合わせた新治療法:
東和薬品は、VIE STYLE株式会社およびNTTデータ経営研究所と共同で、ブレインテックを活用した認知症の周辺症状を解決するDTxの開発に取り組んでいます。このプロジェクトでは、VIE STYLEが開発したイヤホン型脳波計「VIE ZONE」を使用し、日常生活で簡便に脳波を計測し、AI技術と組み合わせて認知症の行動・心理症状(BPSD)の非薬物療法を目指しています。
Akili Interactive社の認知機能向上ゲーム:
Akili Interactive社は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)を対象としたデジタル治療用アプリ「EndeavorRx」を開発しました。このアプリは、スマートフォンやタブレット上で操作するゲーム形式の治療法で、ユーザーが複数のタスクを同時に処理することで、注意力や作業記憶を司る前頭前野を刺激し、認知機能の向上を図ります。2020年には、米国食品医薬品局(FDA)から小児向けADHD治療として承認を受けており、ゲームを通じて医療効果を得る新しいアプローチとして注目されています。
4. 薬局の未来に向けた対応準備
① 専門薬剤師の養成
認知症診療に精通した薬剤師を育成し、患者や家族に適切な薬物療法を提供します。
認知症専門薬剤師の資格取得支援
日本薬局学会の「認知症研修認定薬剤師」、日本認知症予防学会の「認知症予防薬剤師」などの資格取得を支援
eラーニング、実習プログラム、大学との連携で専門教育を強化
地域医療との連携強化
医師や看護師、介護スタッフと連携し、地域包括ケアに積極的に関与
認知症カフェや医療イベントの開催
家族向けの服薬・介護相談窓口の設置
認知症患者の家族が安心して相談できる専用カウンターの設置
服薬管理方法、ケアマネージャへの紹介
② 作業療法士との連携
SaMDの活用方法を指導し、患者が日常生活で効果的に使用できるよう支援します。
SaMDの操作指導マニュアル作成
認知症患者向けSaMDの使い方を動画やパンフレットで解説
患者の家族や介護者にも操作トレーニングを提供
作業療法士との共同ワークショップ
服薬管理アプリや認知機能向上アプリの実践的な使い方を学ぶ勉強会
SaMDのデータを薬剤師と作業療法士が共有し、適切なアドバイスを提供
タブレット・デジタルデバイスの貸し出し
認知症患者がSaMDを試せるように、レンタルサービスを導入
使い方のサポートも薬局で実施
③ 未来型オンライン服薬指導
VRやマルチデバイスを活用し、遠隔での服薬指導を提供します。
VR・AR技術を活用した服薬指導
VR・ARシミュレーションを使い、認知症患者や介護者が薬の管理方法を学べる環境を構築
AIアシスタントを活用し、服薬の注意点を音声や字幕で指導
遠隔診療との連携
医師のオンライン診療と連携し、薬局でも遠隔服薬指導を実施
マルチデバイス対応(スマホ、タブレット、スマートスピーカー)で利便性向上
服薬リマインダー&健康管理アプリの提供
薬局独自のアプリを開発し、患者が服薬時間を守れるようリマインド通知を送信
服薬履歴を家族や医療従事者と共有できる機能を搭載
④ 認知症患者や介護者が安心して薬を管理できる環境構築
認知症患者や介護者が、安心して薬を適切に管理できる仕組みを構築する。
AI搭載スマートピルケースの導入
音声案内やアラーム機能付きのスマートピルケースを提供
電子お薬手帳のQRコードスキャンで服薬情報を記録し、家族や医療従事者とデータ共有
薬剤師による「訪問服薬指導」
自宅訪問型の服薬指導サービスを提供し、介護者の負担を軽減
介護者と直接意見を交わすことにより、様々なニーズを把握し、サービス開発につなげる
認知症対応型薬局の設立
認知症患者に優しい「ユニバーサルデザイン」の店舗設計
個人情報に配慮したカウンター、わかりやすい薬袋、音声案内機能の導入
ミレボを皮切りに、SaMDの進化は認知症診断の革新をもたらし、薬局はアンテナを張る必要があります。
これからのデジタル医療時代に対応するため、専門薬剤師の養成、作業療法士との連携、未来型オンライン服薬指導、認知症患者の訪問管理支援といった多角的な準備が必要です。これにより、薬局が「対面だけでなく、デジタルも活用した総合的な医療支援拠点」となる未来を実現できます。
今後は、マルチモーダルAIの活用、在宅診療の発展、DTxによる治療の高度化を通じて、認知症の早期発見・診断精度向上・治療選択肢の拡充が進むでしょう。そして、ケアマネージャーや作業療法士との連携を強化し、患者や家族の負担を軽減する体制を整えることが必要です。
こうした技術と医療体制の進化が、認知症診療の未来を切りひらく鍵となるでしょう。