なぜ「おれは海賊王になる」でなく、「海賊王におれはなる」なのか
「アル」というマンガWebメディアで記事を書いたりしている岡島といいます。
ライティングの仕事を始めて3年くらい経ちますが、いまだに難しさを感じるテーマの一つとして「書き言葉と口語のバランス」があります。
最近、10巻分が無料公開中の『暗殺教室』を読み始め、めちゃくちゃ面白くて最終巻まで一気買いしてしまったんですが、15巻のカバー裏の作者コメントで、松井優征先生が下のように書いていました。
基本的に自分の漫画の会話シーンでは、たとえ誤用だったり乱れたりしていても、現代で一般的に使われる、伝わりやすい言葉遣いの方を優先して使う方針です。
言葉は正しく使うほど、文字にすると不自然に固くなってしまうからです。
これ、マンガに限った話でなく、文章を書く仕事をしている身としてすごく思うところのあるテーマなんです。
文章は文法へ押し込めばいいわけではない
私たちが日常会話で発している言葉の連なりは、文字に起こせば必ずしも文法的に正しいわけではないと、多くの人が理解していると思います。
そのため、我々のような物書きがインタビューを記事化する場合、会話で聞いた内容を口語から書き言葉へ、つまりより文法的に正しい表現へ変換していく必要があるのです。
一方、すべての言葉をただ正しいだけの書き言葉へと機械的に変換していけばいいのかといえば、僕はそうは思いません。
松井先生の言うように、言葉は文法という型へ押し込めようとすればするほど、そこに本来乗っていたはずの感情、人柄、勢い、雰囲気、バイブス etc. といった情報が損なわれ、不自然に固い文章になってしまうからです。
もちろん、文章の仕事をする上で本来的に正しい表現をすべきであるのは疑いようのない大前提です。
その上で、もし許容される文章表現の幅が広い媒体で筆を取るならば。
あえて勢いのまま口をついて出たような、ある意味では品位に欠けるような、とてもお行儀がいいとは言えないような表現を用いることが、プラスに働く場面もあるのではないかと思うのです。
なぜ「おれは海賊王になる」ではなく、「海賊王におれはなる」なのか
「海賊王におれはなる」
誰あろう日本最大級の知名度を誇るマンガの主人公・ルフィを象徴する有名なセリフです。
どの巻だったか定かでないのですが、おまけページの名物コーナー「SBS」にて、読者から寄せられた下のような質問に尾田先生が回答したことがありました。
なぜ「おれは海賊王になる」ではなく「海賊王におれはなる」なんですか?
尾田先生は「前者のセリフを選ぶようでは、自分は『ONE PIECE』を描けなかっただろう」という旨の回答(※記憶頼りなので厳密には不正確かもしれません)をするにとどまり、当の理由を詳しく説明することは避けました。
しかし、尾田先生の言わんとすることを推察することはできます。
たしかに「おれは海賊王になる」のほうが、「主語→目的語→述語」という流れであり、日本語としてはよりニュートラルな表現です。
対して「海賊王におれはなる」は、「目的語→主語→述語」という変則的な語順と言えるでしょう。
しかし、大胆不敵な主人公が、己を、仲間を鼓舞するために、人生をかけた夢を言葉として発するならば、どうでしょう。
それはもう思わず、どの言葉よりも早く、まず「海賊王」という言葉が真っ先に飛び出るはず。
「海賊王に!」
そう口をついて出たなら、あとは自分がどうしたいのか、その意思を示すだけです。
「おれはなる!」
だから、ルフィという主人公がどんな人物かを想像すれば、「海賊王におれはなる」というセリフが選ばれるのはごく自然なことなんです。
反対に「おれは海賊王になる」というセリフを選ぶようであれば、それはすなわちルフィというキャラクター、ひいてはあらゆる登場人物の心情と行動を描くための想像力がないということ。
SBSにおける尾田先生の回答は、そのような意図によるものだと僕は捉えています。
念のため補足しますが、ここまで書いた内容は「海賊王におれはなる」というセリフをゼロから生み出すのが簡単だという意味では決してありませんよ。
「海賊王におれはなる」を選ぶべき場面
ここまで5億部近く売り上げる国民的作品のおまけページについてつらつらと書いてきた意図を、読者諸賢はすでにお察しでしょう。
要は文章を書く仕事においても、「おれは海賊王になる」と書かなければいけない場面と、「海賊王におれはなる」と書いたほうがプラスに働く場面があるのではないかと言いたいわけです。
これは冒頭で軽く触れた通り、媒体によって判断基準が分かれる問題だとは思います。
書籍や新聞などの紙媒体であれば、許容されないケースは多いでしょう。
しかし、人間のありのままの言葉を描く必要があるマンガや小説は言わずもがな、Webメディアをはじめとした一部の自由度が高い媒体であれば、勢いに任せたような文章が求められる場面も大いにあるはず。
例えば僕の場合は漫画家さんや編集者さんにインタビューすることが多く、特に印象的な言葉は意図的に崩して書くことがしばしばあります(※個人としての指針であり、必ずしも所属する媒体の編集方針とは一致しません)。
具体的には、話者の心情が思わず浮かび上がるような内容かつ、それを強調することが読者にとってプラスになる場合。
無闇矢鱈とエモさを乗せればいいわけでなく、あくまでそれが読者にとって面白かったり役に立ったりするときのみ、ルフィの口上のような文章が活きることもある。
そんな具合に考えながら、日々駄文を連ねています。
仕事であれ趣味であれ日頃から文章を扱う方は、よければ最近公開した僕担当のインタビュー記事と合わせて読んでもらうと面白いかもしれません。
それでは。
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トップ画像は以下より引用。