まちづくり会社とタッグを組み、ローカルフードの販路を広げる~熊本県五木村ワーケーションルポ(2)
人口1000人の、熊本・球磨地方にある小さな山村の五木村。ここで地元事業者のWebサイト制作に携わりながら、およそ1カ月間を過ごすワーケーションに、東京から参画することになった筆者(詳しくは第1回参照)。このユニークな試みがどのようにして生まれたのか。今回のワーケーションの仕掛け人に取材を申し込みました。
企画を立てたのは、株式会社日添で代表を務める日野正基さんです。新潟県出身の日野さんは大学での学びをきっかけに、地方への移住や創業支援に携わるようになります。同じく地方活性化に関わる仕事をしていた土屋望生さんと出会い、その後土屋さんの生まれ育った五木村に、まちづくり会社・日添(ひぞえ)を2018年に立ち上げました。
地域の当たり前に付加価値を
▲日野正基さん。1987年生まれ。学生の頃、研究の一環で中越地震の復興支援に関わったことから、まちづくりに携わるように。インターンシップ事業やメディアのプロデュース、集落の計画づくりなど豊富なキャリアの持ち主
日添がめざすのは、地域で当たり前とされていることに価値をもたらし、そこで暮らす人がしあわせを感じられる社会を築くこと。「活かす事業」「つなぐ事業」「つくる事業」「食べる事業」の4つの領域で、クリエイティブを交えながら五木村に埋もれている価値を磨き上げる取り組みをしています。今回のワーケーション企画もその一環。地元の事業者とコミュニケーションを図る過程で出てきた、事業者側が必要と感じているメッセージの発信を、サイト制作を通じて支援することになりました。
日野さん「昨年から続く新型コロナの影響に加え、人吉市を含む球磨地方は昨年の7月に起きた豪雨災害の復興の真っ最中です。五木村も少なからず影響を受けていて、観光客の数が以前より少ない状況が続いています」
今回のプロジェクトオーナーは、家族で営む茶農家と豆腐店です。お茶はともかく、豆腐は地元で消費するイメージが強く、観光とはいまひとつ結びつかない気も。ところが実物を見てびっくり。看板商品の「五木豆腐」は袋の中でどっしりと鎮座して、ふだん目にするパックに収まる姿からは、大きくかけ離れています。かつて村では集落ごとにつくられていたもので、古くは煮物に使われていました。食べ応えがあり、噛むたび豆の味を感じられます。道の駅でも3本の指に入る人気の商品です。
▲道の駅に並ぶ五木豆腐。日によっては昼の早い時間に売り切れることも
お茶も負けていません。険しい山々囲まれた五木では、昔は山仕事をしながら斜面の一部を焼畑にして、山茶(山に自生する茶の木)を育てていました。しかし時代の変化に伴い、茶農家の数は激減。今では村でたった1軒になってしまいました。栽培から製茶、販売までをワンストップで行う農家は珍しく、加えて九州地方を中心に広まる“ぐり茶”は一般的な煎茶とはことなる製造方法で、全国でも3%しか流通されていない希少なものです。
▲山を切り拓いてつくられた茶畑の標高は、400m以上。高いところでは700m近くにもなる
村では昨秋から新型コロナ対策として、事業者向けにホームページ制作支援を始めていました。オンラインにも販路を広げ、顧客とのタッチポイントを増やすにはちょうどいい機会だったのです。
ただ“来て帰る”じゃどちらも面白くない
ただ両店とも、ネットによる販促に無縁だったわけではありません。過去にもWebサイトを立ち上げましたが、うまく運用できていなかったようです。作成から時間も経っていて、ストーリーテリングが求められる今の時代にそぐわないものになっていました。
日野さん「新型コロナと豪雨災害によってオンサイトでの販路が制限される中で、いいものをつくることに加えて、外の人たちに“伝える”ことの必要性を感じたのでしょうね。『Webサイトをつくりたい』という言葉も、本人たちから出てきたものです」
前兆はありました。日添では昨年のゴールデンウィークに、全国の仲間に呼びかけ、「旅するおうち時間」を企画。各地の特産品セットが連日届くうえ、オンラインイベントで地元の人と交流できるものでした。初の緊急事態宣言で日本中の人が外出を控えたこともあり、大きな反響がありました。ここに出品していたこともあり、「インターネットの効果を実感したのでは」と日野さんは振り返ります。
▲2020年4月に第1弾を実施した「旅するおうち時間」。五木村からは「朝ごはんを楽しめるおくりもの」というテーマで、オリジナルのホットケーキミックスや豆乳、おから、紅茶のティーバッグなどをセットに盛り込んだ
とはいえ商品の魅力や自分たちの強みを伝えるのは、意外と難しいものです。特に村の外から見たときに、どこに特長がありステキに映るのか。形にするにあたり、外部の力を借りることにしました。ここでワーケーションにつながってきます。
日野さん「それぞれのよさをサイトに落とし込むには、商材や五木に対する思いを深掘りして、表現に昇華できるようなプロセスが必要になると考えました。お二方とも制作で生じるやり取りに慣れているわけではないし、自分からグイグイ語るのは苦手。それに村のコミュニケーションでは、人と人との関係性をより重視する傾向にあります。お話を聞くと、以前のWebサイトでは制作会社とのやり取りも表層的で不満に感じているようでした」
豆腐もお茶も五木村の風土や歴史に根ざしたものだけに、実際に訪れて、過ごすことが制作のヒントになるはず。また山や川など美しく豊かな自然も、五木村の魅力のひとつです。都会と対照的なロケーションは、リフレッシュに最適な環境といえます。
日野さん「ワーケーションというと、普段の仕事を滞在先に持ち込むのがほとんど。でもそれだと、働く場が変わっただけになりがちですよね。単に来てもらうだけでは、地域との関係性を築きにくい。だったら村のプロジェクトに入り込んでもらう仕立てにしたほうが、来る人も楽しいだろうし、僕らもいつもと違う刺激を受けて、お互いにいい経験になるんじゃないかって思ったんです」
その地域の人や自然と触れ合うことで村への愛着が芽生えれば、その想いはアウトプットにも反映されるはずです。
いちばんは、五木に多くの人が訪れること
プロジェクトオーナーにも、話を聞きました。高野という集落で「五木とうふ店」を営む、土屋智浩さん・千雅さん夫妻です。かつてダム問題(第1回参照)に揺れた集落の豆腐店が廃業してしまったことから、智浩さんのお父様が受け継ぐ形で豆腐づくりを始めます。
智浩さんは、村の伝統的な豆腐の製法と味を守りながら、大きな三角形の油揚げやなめらかな口当たりの木綿豆腐など、現在の食卓に合わせた商品も開発し続ける職人肌。千雅さんは、智浩さんのつくる豆腐に絶対の自信を持ちます。
土屋千雅さん「うちの豆腐はおいしい。だからたくさんの人に食べてもらいたい。シンプルにその気持ちなんです。今回Webサイトをつくろうと決めたのも、私たちの気持ちを代弁してくれるものがあったらいいなって思ったからでした」
▲五木とうふ店を営む、土屋智浩さん・千雅さん夫妻。智浩さんが毎朝4時ころから仕込む豆腐や油揚げは、一度食べたらやみつきになるおいしさだ
当然のこととはいえ、千雅さんのこの言葉を聞いたとき、私は今回の仕事の重さを感じました。この村で生まれ育ち、過去も継承しながら豆腐をつくり続けている。単に自分たちの利益だけを求めるのではなく、村の機能としての商いという意味を持ち合わせていることを感じ取ることができました。
松井祐起さんは、祖父が設立した「松井製茶」の三代目。九折瀬という山が折り重なるように続く、傾斜の大きな集落でお茶やしいたけを栽培し、頭地にある道の駅に隣接する形で直営店を営んでいます。祐起さんはWebサイトを通じて、若い世代に進む“お茶離れ”にも一石を投じることができないかと考えていました。
松井さん「僕らくらいの世代だと、急須やポットがない家も珍しくない。お茶を淹れること自体が、特別な意味合いを持つようになってきています」
お茶の親しみやすさを損なうことなく、付加価値を高めていきたい。そうした思いから、新しい品種の栽培や紅茶の生産にも取り組んできました。収穫したすべての茶葉を自家製茶しているため、一般の流通にはほとんど出回ることのない松井さんのお茶。話を聞けば聞くほど、唯一無二のものであるとわかります。
▲松井製茶三代目の松井祐起さん。お茶の栽培だけでなく、製茶でも烏龍茶の製法を取り入れるなど、研究熱心な一面が
しかし中の人にとっては、すべてが当たり前。松井さん自身も、何を強みにできるのかわからなくなっていました。このため質問や対話を繰り返しながら、訴求ポイントを見出していくことが、ライターとしての私の役割だと認識しました。そして土屋さん、松井さんとも、「Webサイトは五木村に訪れるきっかけづくり」という点で共通していました。
土屋千雅さん「いちばんはサイトを見たお客様が、五木村に足を運んでくれること。正直なところ、うちの店の売上アップはその次です」
松井さん「やっぱり村の利益になることが大事。例えば日添さんが運営するカフェとコラボしてイベントを仕掛けるなど、お茶を村のコミュニケーションツールにできればと思っています。でも外の人に自分たちの存在を知ってもらわなければ、何も始まらない。Webサイトは、最初の入口なんです」
果たして私の筆力で、土屋さん、松井さんの期待に沿うことはできたのか。結果はまだ蓋を開けてみなければわかりません。ただひとつ言えるのは、五木村での1カ月間の滞在がなければ、ここまで深く言葉を拾うことはできなかったということ。何度も土屋さんや松井さんのお店や畑に足を運んで話を聞き、豆腐やお茶ができる現場を目の当たりにし、そして道の駅で商品を買ってみて、観光客の気分で試してみる。
一言一句が村の空気感を反映したものになったのは、間違いありません。
(写真提供:日添 撮影:山口亜希子)