反骨心でしか動けないのは、よくないことか?
正直、昔から怒りやすい人は嫌いだ。周りの雰囲気をぶち壊すし、聞く耳を持たない。そもそもそういう人は怒ってない時も怖い。そんな人が同じ職場や学校にいれば、まるで時限爆弾を処理するかのように接しなければならないだろう。
しかし、当の俺はというと、自制心が全くと言っていいほど無い。睡眠欲と食欲にはだいたい勝てないし、締め切りに間に合わなくてレポート提出だけの授業の単位を落としたこともある。一夜漬けのクセもずっと抜けないし。そして、向上心も自分で起こすのがすごく難しい性格なのだ。
だからこそ俺には、「怒ってくれる人」「諭してくれる人」が必要なのだ。痛いのが苦手なので暴力的な仕打ちには耐えられないが、言葉でならある程度粗暴な言い方でも受け入れられるし、「なんだこのやろう」「そんなに言う?」「なら見返してやらぁ」と反骨心でやる気が出る。「暴力を振るわない頑固オヤジ」とか「口の悪い坊さん」こそ俺にとっては理想の教師や上司なのだ。
しかし、大コンプライアンス時代と言っても過言では無い現代では、言い方1つ間違えるだけでパワハラ認定なんてザラにあるだろう。そのスレスレを通れる人もいれば、そうで無いからと優しくし過ぎる人もいるだろう。まだまだ使い物にならない俺のような新入社員にとって、その優しさは逆に苦しいのだ。
最近のnoteでも書いたが、怒られたからという理由で動くのは幼稚な気がする。しかし、まだ業務の基礎を覚えるだけで手一杯で、自分で考えて行動を起こせる段階にない今の時期には、その原始的なモチベーションがどうしても必要なのだ。とはいえ全く怒られていないわけでも無いですが。まあ頑張らせてもらいます。
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