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第一章 海から流れてきたお婆さん①(球妖外伝 キジムナ物語)

むかしむかし。沖縄がまだ琉球とよばれていたころのお話です。ホロホロー森という自然豊かな森がありました。

ホロホロー森には、キジムナ・ムムトゥというマジムンが住んでいました。マジムンとは、人間たちが勝手に名づけたものです。妖怪とかおばけとか、そういったたぐいのものは、まとめてマジムンと呼ばれていました。人間というものは、分けのわからないものには名前をつけると安心できるものなのです。

キジムナ・ムムトゥはガジュマルの木の精でした。目と髪の毛が赤く人間の子どものような姿をしていました。マジムンたちは、キジムナ・ムムトゥのことを「キジムナ」と呼んでいました。

ある夏の夜のことです。蒸し暑いにもかかわらず、ホロホロー森では虫たちが元気いっぱい鳴いていました。森の中の大きなガジュマルの木の上には、キジムナ・ムムトゥの家がありました。キジムナはすやすやと寝ていました。

するとガジュマルの木に向かって、黒い生き物がひゅーっと飛んできました。黒い物は、キジムナの家の窓枠に止まると、きぃきぃとかん高い声で叫びました。
「キジムナ!おい、おきろよ!」
黒い羽をばたつかせながら、オオコウモリが窓から家の中へ入ってきました。
「うーん、カーブヤー。こんな夜中に、いったいなんの用だよ?」
キジムナは寝ぼけまなこをこすりました。
「ブリたちが、すもうをやっているぞ!見に行こうよ!」
オオコウモリの話を聞いたとたん、キジムナは目を輝かせてとび起きました。

ぐしちゃん浜

ホロホロー森を南にぬけると海になっていて、ぐしちゃん浜とよばれる砂浜がありました。キジムナとオオコウモリが森のはずれにやってくると、木陰にはすでに、たくさんの見物客が集まっていました。アオバズク、ケナガネズミ、キノボリトカゲ、カエル、毒ヘビのハブもいます。キジムナとオオコウモリは木の枝に登りました。

「これ、食べる?」
オオコウモリはキジムナに、黄色いフクギの実を差し出しました。
「ぼくはいらないよ、ありがと」
キジムナが断ると、オオコウモリはバリバリとフクギの実をたいらげてしまいました。フクギの実はそんなに美味しくないので、キジムナは好きではありませんでした。

ブリ

森に住むものたちは巨大な岩を見つめていました。ぐしちゃん浜には「ブリ」とよばれる巨岩がたくさんありました。ふだんブリたちは、てんでばらばらに立っていますが、今夜は2つのブリをぐるりと取り囲んでいました。
2つのブリは、くっついて互いにじりじりと押し合っていました。

つぎの瞬間
「どどーん!」
という大きな地響きとともに、片方の巨岩がひっくり返りました。
「わーい!わーい!グンカンブリが勝ったぞ!」
ギャラリーは、大喜びではやしたてます。グンカンブリとは軍艦のような形をした巨岩です。えっへんとふんぞり返りました。倒されて負けたほうの巨岩はすごすごと引き下がりました。
「つぎは、おれが相手だ!」
ひときわ目を引く巨岩が名乗りをあげました。

「マスブリだ!」
「いよっ!待っていました!よこづな!」
「ピーッ、ピウィ!」
観客は指笛を鳴らして騒ぎたてました。キジムナは、いてもたってもいられなくなりました。
「ぼく、グンカンブリを応援してこよう!」
といって、キジムナはグンカンブリに向かって走り出しました。
「あぶないぞ!キジムナ!」
オオコウモリが止めましたが、時すでに遅しでした。

キジムナはグンカンブリの岩肌をよじ登りました。あっという間に頂上にたどりつくと、
「負けるな!グンカンブリ!」
とさけびました。
「おう!」
とグンカンブリが言ったとたん
「ガシーン!」
グンカンブリとマスブリの巨岩どうしがぶつかりました。岩のてっぺんにいるキジムナにびりびり振動が伝わりました。

2つの巨岩の力は拮抗しているように見えました。まわりのものたちは、固唾をのんで見守っています。しかし勝負は一瞬のうちに決まりました。
「ズドドーン!」
ものすごい地響きとともに、マスブリがグンカンブリを倒しました。グンカンブリの上にいたキジムナは、海へなげ飛ばされてしまいました。
 
ドボーン!
 
海に沈んだキジムナは、あわてて海面へ浮かびあがると、ぷはっと息をしました。岸に向かおうとすると、キジムナは水の上に何やら白いものが浮いているのに気が付きました。

「うわぁ!」

すっとんきょうな声をあげたキジムナは、腰を抜かしそうになりました。浮いているものが、人の形をしていたからです。

「海でおぼれた人間かな……」
かわいそうに思ったキジムナは、怖かったけれど人間を浜まで引っぱっていくことにしました。キジムナ・ムムトゥは優しい心の持ちぬしなのです。

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