第五章 キジョカのブナガヤ③(球妖外伝 キジムナ物語)
そのころスーティーチャーとアメ幽霊とイナフク婆は、キジョカで森を探索していました。やぶをかき分けてザクザク歩いていると、スーティーチャーが立ちどまります。
「ふむ。ここは自然豊かな森じゃが、みょうな違和感があるのう」
アメ幽霊がうなずきます。
「そうね、どこかおかしい気がするわ」
「いったいなぜ、ここで龍脈が乱れているのじゃろうか……?」
スーティーチャーがあれこれ考えていると、さーっと風がふいて森の木の葉がざわめきました。風がやむと、どこからともなく小さな声が聞こえてきました。
チョウはひらひら……
ひらひらと舞う……
「今なにか聞こえなかった?」
アメ幽霊が言いました。
「いいや、わしには聞こえなかったが……」
「イナフク婆は聞こえた?」
イナフク婆も頭を左右にふりました。
「たしかに女の人の声だったわ……」
3人は立ちどまって、じっと耳をすませました。
チョウはひらひら
ひらひらと舞う
でも風が吹いたら
もみくちゃ
もみくちゃになって飛ぶ
チョウは魂の化身
だから閉じ込めてはいけない
「本当じゃ、聞こえるぞ!これは歌のようじゃ」
「だれが歌っているのかしら?」
「あのあたりから聞こえたのじゃが……」
3人は声が聞こえた方向へ歩きました。キョロキョロとあたりを見回して探しましたが、声の主はどこにもいません。するとイナフク婆が、だまって草むらを指さしました。
「あ!」
草葉のかげに白いしゃれこうべがありました。
「ここで死んだのね。かわいそうに……」
「だれにも見つけられなかったのじゃな……」
3人が気の毒に思って見つめていると、しゃれこうべは口をカタカタ開いて話しかけてきました。
「ねえ。わたし、のどが渇いているの。お水をくれない?」
アメ幽霊は川で水をくんでくると、しゃれこうべの口元にかけました。しゃれこうべは「ああ、おいしい」と嬉しそうに言うと、歌いはじめました。
チョウはひらひら
ひらひらと舞う
でも風が吹いたら
もみくちゃ
もみくちゃになって飛ぶ
チョウは魂の化身
だから閉じ込めてはいけない
「歌っていたのは、おぬしじゃったのか!」
「そうよ」
「どうしてチョウの歌を歌っていたの?」
アメ幽霊が聞くと、しゃれこうべはカカカと笑いました。
「あなたたち、まだ気がついていないの?この森にはチョウがいないでしょ!」
キジムナとトゥイは、北の端にあるヘド岬に来ていました。隆起した台地の先は崖になっていて、青い海が広がっています。キジムナとトゥイは、ごつごつした岩にすわって海をながめていました。
「ここがいちばん端っこなんだね」
「キョキョ。そうだよ」
「海の向こうには何があるのかな?」
「さあな……おれには分らんよ。飛べるやつに聞いてくれ」
キジムナは少しうろたえました。
「ごめん、ぼくはそんなつもりで言ったんじゃあ……」
「わかっているよ。おれは飛べないけど走ることができる。走る鳥のほうが珍しいだろう?」
トゥイは片眼をつぶってウィンクしました。
「うん!そうだね」
キジムナはホッとして笑いました。
「ところでトゥイ、あのギザギザした山はなあに?」
キジムナはヘド岬から見える切り立った山を指さしました。
「ああ、あれはアスムイウタキだよ。神聖な場所らしいから、おれは近づかないようにしている。聞いた話だと、あの中にあるアフリ岳にはときどき傘が降ってくるらしい」
「え!?傘?なんで山に傘が降ってくるの?」
キジムナは目をぱちくりさせました。
「キョキョ。おれに聞くなよ」
トゥイは肩をすくめました。
キジョカでは、スーティーチャーがしゃれこうべを問いつめていました。
「この森にチョウがいないとは、どういうことなのじゃ?」
「だからさっきから歌ってあげているでしょう」
しゃれこうべは小バカにしました。
「もしや……閉じ込められているのか?」
「そうよ」
「いったいだれに?」
しゃれこうべは、いまいましそうに言いました。
「あいつよ。ブナガヤ・ハベルよ」
スーティーチャーとアメ幽霊とイナフク婆は、顔を見合わせました。
「ブナガヤ・ハベルとは、ムムトゥが見かけたというものじゃな。しかし、いったいなぜチョウを閉じ込めているのじゃ?」
「そんなの知らないわよ」
「おぬしはチョウがどこにいるのか知っているのか?」
しゃれこうべはカカカと笑いました。
「ええ知っているわ。あなたたちがチョウを逃がしてくれるのなら、教えてあげる」
スーティーチャーは、けげんな顔をしました。
「しかし……わからぬ。おぬしはここから動けなさそうじゃが、なぜチョウの居場所を知っておるのじゃ?」
しゃれこうべは、ピタと笑うのをやめました。
「それはね、わたしがかくまってあげたからよ。場所は、この子たちが知っているわ」
しゃれこうべは口を閉じて黙りました。しばらくすると、
「ひぃーっ!!」
森にスーティーチャーの悲鳴が響きわたりました。しゃれこうべの黒い目の奥から、たくさんのシジミチョウがひらひら出てきたからです。
シジミチョウはスーティーチャーを見るといっせいにおそいかかりました。
「助けてくれー!」
スーティーチャーは頭を抱えて叫んでいます。
「ちょっと、やめなさい!戻ってきなさい!」
しゃれこうべがあわてて怒鳴ると、シジミチョウたちはしぶしぶ、しゃれこうべの目の中へ戻りました。しゃれこうべが言いました。
「悪かったわ。この子たちがあなたを攻撃するなんて思わなかったから……」
スーティーチャーはぶるぶる震えながら答えました。
「やつらは、わしの天敵なのじゃ!」
ブナガヤ・バベルは、ひとり、うす暗い森の奥を歩いています。そこは気味が悪くて、森の動物たちもあまり近寄らない場所です。
ブナガヤ・ハベルは大きなガジュマルの木の下に座り、ボッと青白い火の玉をともしました。
「ここがキジムナ・ムムトゥにばれないといいが……」
(そうだな)
ブナガヤはじっと下を見つめていました。
(どうした?何を考えている?)
「……なぜあいつは、あんなに楽しそうなんだ?」
(キジムナが気になるのか?)
少し間をおいて、ブナガヤは小さく返事をしました。
「……うん」
(やっと正直になったな)
「あいつはヤンバルクイナとすぐに仲良くなっていた。話しかけたり、いっしょに遊んだり、どうして簡単にできるんだ?」
(キジムナに聞いてみたら?)
ブナガヤはプイと顔をそむけると、ゴロリと横になりました。
「そんなことできるか……」
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