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第五章 キジョカのブナガヤ②(球妖外伝 キジムナ物語)

キジョカの七滝に戻ったキジムナは、みんなにヤンバルクイナのトゥイを紹介しました。
「トゥイ!スーティーチャーにアメ幽霊にイナフク婆だよ」
トゥイは目を丸くしました。
「おまえの友だちは変わったやつばかりだなー。ソテツに幽霊に人間の婆さんか!」
スーティーチャーが笑いました。
「ふぉふぉふぉ。分けへだてなく付きあえるのがムムトゥの良いところじゃ」

アメ幽霊が聞きました。
「あなたは鳥なのに地面を歩いているの?」
トゥイは急に怒りだしました。

「キョキョ!しっけいな。鳥が歩いて何が悪い。飛べなくても別にいいじゃないか!」
「あらごめんなさい。あなた飛べないの?」
トゥイは顔を真っ赤にしています。
「飛べないんじゃない!飛ばないだけだ!おれは走るのが好きなんだ」
「まあまあトゥイ、そう怒らないで」
キョキョキョと騒ぐトゥイをキジムナがなだめました。

スーティーチャーがキジムナに聞きました。
「そういえば、ムムトゥが見かけたものは、どうなったんじゃ?」
キジムナは頭をかきました。
「追いかけたけど逃げちゃった。トゥイに教えてもらったけど、ブナガヤ・ハベルというそうだよ」
「ブナガヤ・ハベルか……ふむ」
スーティーチャーは顎をさわりました。

トゥイがバタバタと羽根を広げます。
「ところでおまえら、どうしてこの森に来たんだ?」
「ぼくらはイナフク婆に連れてこられたんだよ。ここで龍脈の気というものが乱れているらしいから、その原因を調べに来たんだ」
「ふーん」
「ねえトゥイ、ぼくらにヤンバルの森を案内してくれないか?」
「龍脈の気は、おれにはよくわからんけど、森を案内してやってもいいぞ。でもこの森は相当広いぞ。おまえら、おれの足についてこられるのか?」

スーティーチャーが言いました。
「ムムトゥ。トゥイといっしょに行っておくれ。わしらはキジョカの土地を調べておこう」
「わかった!トゥイ行こう!」
キジムナとトゥイは猛スピードで森の中を走り出しました。

木の陰からキジムナたちをこっそり見張っていたブナガヤ・ハベルは、つぶやきました。
「あいつら足が速いな……見失いそうだ」
青白い火の玉を出すと
「もっと燃えろ」
と言いました。火の玉がゴーッと燃えあがって大きくなり、ブナガヤは上に乗りました。ブナガヤは火の玉の熱さを自由に変えることができるので、上に乗っても火傷しないのです。
「追いかけるぞ」
(わかった)

火の玉にのるブナガヤ

ふわふわ浮かんでいた火の玉は、すごい速さでキジムナたちを追いかけました。

キジムナと並んで走りながらトゥイが叫びます。
「キジムナ!ヤンバルには川や滝がたくさんあるんだ!行ってみるか?」
「うん!」
キジムナとトゥイはター滝がある場所へやってきました。浅い川の透明な水はゆるやかに流れて、緑きらめく森のトンネルにおおわれています。水の中をばしゃばしゃ歩いて上流へいくと、シャワーのように流れ落ちるさわやかな2本の滝が並んでいました。沖縄の言葉で数字の2はターチといいます。だからター滝と呼ばれているのですね。

滝の水は細かい霧になってただよい、周囲をひんやりさせています。
「涼しくて気持ちがいいね!上に登ってみよう」
キジムナは崖の上にのぼると、滝つぼにジャンプしました。
バッシャーン!
岸で見ていたトゥイに水しぶきがかかりました。
「キョキョ!おい!おれまで濡れたぞ!」
「あははは!ごめんね」
滝つぼでキジムナが笑いました。

キジムナが泳いで遊んでいると、空がくもってポツポツ雨が降り始めました。急に川の水がにごって水かさが増し始めました。
「あれ?なんだか深くなってきたぞ」
「キジムナまずい!増水だ!」
ドドドドド!
滝の水は突然はげしいだく流となって、キジムナを飲みこみました。

「わあ!」
「キジムナ!」
キジムナは鉄砲水に巻きこまれて下流へ流されてしまいました。
ゴボゴボゴボ……
にごった水の中でもがいていると、キジムナはだれかに左手をつかまれます。
 
「……キジムナ……キジムナ!おい大丈夫か!?」
キジムナが目を開けると、岸辺でトゥイが心配そうに顔をのぞきこんでいました。
「トゥイが助けてくれたのか?」
「キョキョ?おれが来たときには、キジムナはもう岸にあがっていたぞ」
「だれかが引っぱってくれたような……?」
キジムナは左手をみつめました。
「危ないところだったな。川や滝で遊ぶときは注意しないとな」
「そうだね。気をつけるよ」

すこし離れた場所で、青白い火の玉がブナガヤに話しかけました。
(あいつを助けてやるとはな)
びしょ濡れになったブナガヤが言いました。

「……おれの目の前であいつがおぼれるからだ」
(おまえ、あいつと友だちになったら?)
ブナガヤは、ぎょろりと火の玉をにらみました。
「おれに友だちができるわけがないだろう」
火の玉は、ふうとため息をつきました。
(あいつら北へ向かったぞ。追いかけよう)

キジムナたちを追いかけて、上空から見ていたブナガヤはつぶやきました。
「この方角はまずい。危険だ……」
火の玉も同意しました。
(あそこには化け物がいるからな)

木々が茂ってジメッとした場所に水の音が聞こえてきました。ぬるぬると滑りやすい赤土の小道を降りていったところに、キジムナは大きな淵を見つけました。

タナガーグムイ

「トゥイ!淵があるよ。ここは何て言うんだ?」
「タナガーグムイだよ!ここは危ないから近づかないほうがいい。人間が何人も命を落としているんだ」

緑の自然にかこまれて、岩の間を流れ落ちる小さな滝に大きな淵がありました。淵の水は灰色がかった緑色で暗くよどんでいます。美しい場所でしたが、どこか陰気な感じがします。

キジムナは淵のまわりにある岩場を歩きました。
「キョキョ!キジムナやめておけ」
「気をつけるから大丈夫だよ」
キジムナは好奇心をおさえられずに淵の中をのぞきこみました。

キジムナの影が水面にうつった瞬間、水の中から巨大な長いハサミがあらわれました。
「わ!」
キジムナはハサミにつかまえられて、あっという間に水の中に引きずりこまれました。

「キョーッ!キジムナ!」
トゥイは驚いて叫びます。
「それみろ!言わんこっちゃない」
ブナガヤは火の玉から身を乗り出しました。

キジムナと巨大なハサミは淵の中に消えて、静まりかえったタナガーグムイの水面には丸い波紋が広がっています。トゥイが青ざめた顔で水面を見つめていると、プツプツと小さな泡つぶが浮かんできました。泡つぶはだんだん大きくなりゴボゴボと激しくいい始めました。

ザバーッ!

巨大なテナガエビの化け物が姿をあらわしました。トゥイは恐ろしさのあまり足がガクガク震えています。

しかしテナガエビはトゥイには見向きもせずに、苦しそうにもがきました。トゥイがよく見ると、テナガエビの長い手はからみあって外れなくなっていました。

「なにが起こっているんだ?」
トゥイが不思議に思ってつぶやくと、水面からキジムナがざばっと顔を出しました。
「キジムナ!」
トゥイはぴょんぴょん跳ねて喜びました。

キジムナはぷんぷん怒ってテナガエビにたずねます。
「二度とこんなことはしないと約束するか?」
テナガエビは、いっしょうけんめいうなずきました。キジムナがテナガエビの長い手をほどいてやると、テナガエビは嬉しそうに手を振って、タナガーグムイの淵深くにもぐって消えてしまいました。

「なんてやつだ」
ブナガヤは目を見張りました。
(そうとうな力持ちだな)
火の玉もうなずきました。しかしブナガヤの表情は急に怖くなり、ぶつぶつとつぶやきました。
「キジムナをあそこに近づけないようにしないと……」

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