序章(球妖外伝 キジムナ物語)
緑あふれるキジョカの森に、さらさらと流れる水の音が聞こえていました。七滝とよばれる美しい滝の前に、赤い髪の少年が立っていました。赤い髪と赤い目をもつ少年は、じっと水辺を見つめていました。
視線の先には、古いクモの巣がありました。巣は壊れていて、もうクモはいません。1本の細いクモの糸に白いものがぶら下がっていました。
それはチョウチョのちぎれた羽根でした。白い羽根は、ひらひらひらひら揺れています。まるでクモの巣から逃げ出そうとしているかのように。
「もう、休んでいいんだよ」
少年は泣きながら、チョウチョの羽根をそっとクモの糸からはずしました。
「これからは、おれが守ってあげるからね」
そうつぶやくと少年は、羽根を穏やかな流れの水面に浮かべました。自由の身になった羽根は、水の上をくるくると回りながら川下へ流れていきました。
さーっと風がふいて木の葉がいっせいに揺れました。赤い髪の少年はいつの間にかいなくなっていました。ざーっという滝の音だけが、あたり一面に響きわたっていました。
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