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第三章 マブイグミとアコウ③(球妖外伝 キジムナ物語)

3匹が出発してから、日に日に風が強くなり、ホロホロー森には横なぐりの雨がふっていました。

窓から外のようすをのぞいていたアメ幽霊は、心配そうに言いました。
「カーブヤーたちは大丈夫かしら?」
本を読んでいたスーティーチャーが顔をあげました。
「ふむ。ケガをしなければいいがのう。ずいぶん大きな台風じゃ」
キジムナの家は、ふきつける風でガタガタゆれました。部屋のすみのほうでは、お婆さんとキジムナが横になって眠っていました。

「アメ幽霊、台風にまつわるこんな話は知っておるか?」
ふとスーティーチャーが話しはじめました。
「むかし、陸の神さまが自分の領土を広げようとして、ハマカンダの花を植えたそうじゃ。花は海の白い砂浜まで伸びて咲いた。海の神さまが、美しい花を摘もうとすると、陸の神さまが自分の領土の花だと言って止めた。怒った海の神さまは大波をおこし、陸の神さまは大風をおこしてケンカした。それからというもの、毎年ハマカンダの花が咲く時期になると、台風がおこるようになったそうじゃ」

「じゃあ、この台風も陸の神さまと海の神さまがケンカして、おこしているの?」
アメ幽霊はあきれました。
「ふぉふぉふぉ。もしかしたらそうかもしれん。じゃがケンカというより、ただ暴れたいだけかもしれん」
「はた迷惑な話ね」
アメ幽霊は眉をひそめました。ハマカンダの花とはグンバイヒルガオのことです。沖縄の海岸沿いで、はうように広がり、うす紫色のきれいな花をひっそりと咲かせます。

ガラリ!

突然、入り口の引き戸が開き、部屋の中に強風が吹きつけました。アメ幽霊とスーティーチャーがふり向くと、雨の中に、びしょ濡れのアコウ・クロウが立っています。

アコウ・クロウ

「えっ!誰?」
おどろいてアメ幽霊が声をあげました。
「おぬしは……!」
「ひひひ。キジムナ・ムムトゥに会いに来たぞ」
アコウは薄気味悪くニヤリと笑いました。

「そうか……。まあ、中に入って戸を閉めなさい」
スーティーチャーがうながすと、アコウは遠慮なくズカズカと家にあがりました。
「こいつがキジムナ・ムムトゥか……」
アコウは寝ているキジムナの横にドカッと座ると、じっと顔を見つめました。
「マブイを戻したのではなかったのか?」
スーティーチャーは静かに答えました。
「マブイは戻したが、まだ目を覚まさないのじゃ。ムムトゥは人間に裏切られて深く傷ついたからのう……」
「どういうことだ?なにがあった?」

キジムナに起こった出来事をスーティーチャーが話すあいだ、アコウは、ほおづえをついて黙って聞いていました。
「……というわけなんじゃ」
スーティーチャーの話が終わると、アコウは冷ややかに笑いました。
「ひひひ。甘いやつだ。仕返しをその程度ですませるとは……。おれなら、もっとひどい目に合わせるのに……」
うす暗い部屋の中、アコウの目が冷たく光りました。台風の嵐は、ますますひどくなっていました。風がゴオゴオと鳴り、雨が家の壁を激しくたたきつけています。

急にアコウが立ちあがり、眠っているキジムナの両脇を抱えました。
「何をするの!」
アメ幽霊が大声を出すと、アコウはニヤニヤ笑いました。
「おまえたちは生ぬるいのさ。こいつには荒療治が必要だ」
そう言うと、アコウはキジムナを入り口まで引きずり戸を開きました。

ゴオーッ!

強い風が部屋の中に入り、アメ幽霊とスーティーチャーは吹きつける風に顔をしかめました。つぎの瞬間、アコウは腕を木の気根のように変化させて長く伸ばすと、キジムナを思いきり外へ放り投げました。

「キャア!!!」
空高く上がったキジムナは、強い風に吹き飛ばされて、姿が見えなくなってしまいました。
「何てことを……!」
アメ幽霊はキジムナを探しに外に出ようとしますが、暴風が吹きつけ立っていられません。
「今、探しに行くのは危険じゃ。風がおさまるのを待つのじゃ」
スーティーチャーがアメ幽霊を止めました。
「ひひひ……」
アコウ・クロウの姿は嵐の中へ消えて、笑い声だけが響いていました。 

台風の空へ放り出されたキジムナは、まだ眠り続けています。いろいろな方角から吹きつける強い風に飛ばされて、あっちへいったり、こっちへいったり、風の中をただよいながら、キジムナは海に向かって飛ばされました。

荒れ狂う海の浜辺では、ののしり合う不思議な声が聞こえました。
「ははは!きみは、この程度の波しか起こせないのか!?」
「ほほほ!あなたこそ、その程度の風しか起こせないの!?」
「なにをー!」
「ハマカンダの花をよこしなさい!」
「とれるものなら波で根こそぎとってみろよ!」
「言ったわね!」

浜辺では、巨大な姿の陸の神と海の神が、大風と大波を激しくぶつけ合っています。

陸の神と海の神

巨大な陸の神が大きなクバの扇をあおぐと、激しい大風が海へむかって吹きつけました。クバの扇とはビロウの葉でつくられたうちわです。巨大な海の神が大きなエークで海を叩きつけると、大きな高波が陸へむかって押し寄せました。エークとは舟をこぐカイのことです。

ゴオーッ!ザザーン!ゴオーッ!ザザーン!

ふたりの神さまが暴れるたびに、激しい暴風が吹き荒れ、大きな高波が起こりました。
「おい!海の神よ!ちょっと待て……」
ふと、陸の神が叫びました。
「なあに?」
「おれの風が運んできたものがいる」
「え?どこにいるの?」
「ほら、海をみてごらん」
「あら、ほんとだわ」
陸の神と海の神は、波間に浮かんでいるキジムナ・ムムトゥを見つけました。

「ずいぶん、小さなものだな」
「眠っているのかしら?」
「イヤ、眠っているのではない。こいつは心を閉ざしているようだ」
「あら、そうなの」
「ちっぽけな存在が、ちっぽけな悩みを抱えているようだよ」
「ほほほ。それなら、わたしたちで遊んであげましょう」
「ははは。それがいい」
海の神がエークで海の水をかき混ぜると、たちまち大きな渦潮ができました。キジムナは渦潮の中心に飲み込まれてしまいました。
 
(ほら、小さきものよ。目を開けてごらんなさい)
海の神はキジムナの心に呼びかけました。キジムナはゆっくり目を開けました。目の前には、青くて広い海の景色が広がっています。
(うわー!ここはどこ?)
(ほほほ。ここは海の中よ。おまえに広い海を見せてあげるわ)
海の神はキジムナを抱きかかえると、ものすごい速さで海を泳ぎ回りました。あまりの速さにキジムナは息が詰まりそうです。キジムナの目に、つぎつぎと世界中の海の景色が飛び込んできました。

(次は俺の番だ!)
陸の神がクバの扇をくるくる回すと、たちまち大きな竜巻ができました。海の水は竜巻に吸い上げられて、巻きこまれたキジムナは雲の上に飛ばされました。
(わっ!ここは雲の上?)
(ははは。そうだ。空から、おまえに広い陸を見せてやろう)
陸の神はキジムナを抱きかかえると、ものすごい速さで空を飛び回りました。キジムナの目に、つぎつぎと世界中の陸の光景が飛び込んできました。

(わー!とても広いんだね)
(そう見えるか?ではもっと高い所へ行ってみよう)
陸の神はクバ扇をばさばさ仰ぐと、高く高く上昇しました。地上の景色はみるみるうちに小さくなりました。陸の神とキジムナは青い空をつき抜けて暗い宇宙へやってきました。
(あれ!?ぼくらが住んでいたところは、丸かったのか!それに、ずいぶん小さく見えるなあ)
(ははは。そうだ!見方を変えると、大きく見えていたものも、小さく見えるものだ。さあ、もどるぞ!)
陸の神は地上にむかって急降下し、ものすごいスピードで落ちていきました。

キジムナは目をぱちくりさせましたが、だんだん楽しくなって笑い出しました。
「あはははは!」
(ははは!そうだ。小さきものよ。小さなことで悩んでいる暇はないぞ……)
(ほほほ!そうよ。世界は大きいのよ。大いに遊んで楽しみなさい……)

「あはははは……」
キジムナはいつの間にか、ひとり、白い浜辺で大の字になって笑っていました。台風の嵐は過ぎ去り、風は弱くなっていました。雲のすき間から、青い空がのぞいています。
「おーい、ムムトゥ!」
遠くでキジムナを探すスーティーチャーの声が聞こえます。キジムナはパッと起き上がり、声がするほうへ手をふりました。
「おーい!ここだよ!」

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