心臓手術(胸部大動脈瘤人工血管置換手術)のこと
初めに
2017年12月22日に心臓手術を受けた。大手術でした。幸運にも、近くにいい心臓病専門の病院榊原記念病院があって助かった。
CT検査で大動脈瘤が見つかる
きっかけは、喘息気味の症状で、2017年6月16日近くのクリニックからの紹介状をもって、慶應大学病院呼吸器内科の亀山直史医師の診察で詳しい検査を受けることになった。7月25日に肺機能検査、7月31日にCT検査、一般X線検査と歩行検査(6分間歩行)を受けた。大きな病気はないが、軽度の閉塞性障害があり、吸入剤の治療が必要との診断であった。ところが、思いがけず、CT検査の画像に胸部(弓部)大動脈瘤があることが判明した。
最初は慶應大学病院の心臓外科で受診
亀山医師より、同病院の心臓外科に紹介していただいて、すぐ8月3日に心臓外科の志水秀行教授の診察をうけ、血液検査、心電図、心臓エコー検査をうけ、8月31日に超音波断層検査、MR検査(頭部)、脈派伝搬速度、下肢・上腕血圧比検査、自律神経検査をうけた。 別途(日程は後日連絡の予定)2泊3日で心臓カテーテル検査と、その後の志水教授の診察を9月21日に受ける予約が取れた。
8月3日、初診でいきなり検査入院をいわれびっくりした。テキパキした先生でことばは少なかった。入院検査の内容について患者の私には、理解不足でした。同病院の他科の受診日に心臓外科の看護師にききに行き「カテーテル検査のための入院」であると知って、調べてみてその内容に驚いた。これは大変と思い、それからいろいろ調べて見た。
榊原記念病院を見つける
8月29日に近所の評判の高い榊原記念病院の様子を見にいって、看護師に確認したら、慶應大学病院の紹介状をもらってから、来て下さいとのことだった。9月4日に慶應大学病院の心臓外科の受付に行き、看護師に話をしたら、直接志水先生に紹介状をお願いしてくださいといわれた。そして志水先生の診察日の9月7日に予約外処理で先生とお話しできると知った。家族とも相談し、手術となると家からバスで15分ほどで行ける近くの榊原記念病院で手術をするのがいいとの考えになった。
榊原記念病院への紹介状を頂く
9月7日に心臓外科に榊原記念病院に紹介状を頂くために、予約がないが、予約外受付で慶應大学病院の志水先生宛の「紹介状提供のお願い」と題する文書を用意して、受付に渡しておいたら、志水先生の承認を頂き、代理の川合先生から榊原記念病院の高梨秀一郎先生宛に紹介状をいただくことが出来た。併せて画像データーのCD(MR,CR,CT)もいただけた。
榊原記念病院外科医師の診察
9月8日一人で榊原記念病院に行った。目的は、①紹介状を渡す、②診察の予約を取ることであった。ところがすぐに看護師の面談があり、待たされたが医師の診察も受けた。医師は、内室智也先生で、「診断真性動脈瘤」の資料を用いてわかりやすい病状の説明があった。「このタイプの瘤は、カテーテル治療はできず、人工血管に取り替える手術が必要。手術に耐える体力が必要で、85才以上の人は手術ができない。手術前の検査があり、その後内科と外科の検討会で手術の可否を検討する。その後1ヶ月ほどしてから手術となる。手術を受けるかどうか家族とともに相談して、次回9月22日にきてください。手術の失敗は、5~10%ぐらいである」とのことであった。
榊原記念病院2度目の診察
9月22日に妻と一緒に榊原記念病院に内室先生の診察を受けた。診察の前に血液検査、X線胸部検査、心電図の検査があり、その後医師の診察があった。病名は「胸部動脈瘤」で人工血管置換手術となる。高齢だが体力的には手術できる。Rh-の血液も確保できるとのことであった。
カテーテル検査入院
10月11日13時検査入院。翌12日にカテーテル検査を受けた。主治医は内科の森木俊宏先生。結果は妻がきいてくれた。①冠動脈はきれいで、悪いところはない、②手術は可能であるとの説明であった。先生にお願いして私も画像をみせて頂いた。画像はきれいで、感激した。10月17日午後退院。入院は7日間であった。11月28日には榊原記念病院で心臓手術を担当される医師清水篤先生による診察がった。手術予定は、12月20日入院、12月22日手術と決まった。
心臓手術のための入院
手術の前に、虫歯の治療が求められた。12月20日入院、主治医は外科の小森悠矢先生、執刀医は清水篤先生。内科医は森木先生。22日手術のために、10時頃早めにICU室に入った。全身麻酔で、すぐに意識がなくなった。手術は10時から15時で、5時間ほどで終わった。胸骨を正中切開して、左右に広げて、体温を20℃まで下げ、その後、一時人工心肺装置を停止して、その中の心臓弓部の大動脈を人工血管に置換する手術である。私が麻酔から覚めたのは翌12月23日12時頃、24時間後に意識が戻った。身体には、点滴、排泄用などのいろいろの管や袋がつながっていた。14時ごろICUを出て、病室に戻る。酸素吸入器もつけた。胸はじっとしている限り痛まないが動くと痛む。翌日12月24日から、小便は尿瓶を使用する。以後毎日X線検査と血液検査を受けた。12月25日朝森本先生が回診に来られた、「骨がしっかりしている」と褒められた。また「リハビリしっかりやましょう」とも。12月26日造影CT。夜、消灯後も、隣のベッドの患者が、TVを見ていて、揺らぐ明かりが気になり、看護婦さんを呼んで、TVを見ていることを確認してもらって、消してもらったが、その夜はよく寝られなかった。まだ神経がぴりぴりしていたようだ。28日と29日には心電図検査も受けた。28日からリハビリを始め、病院の廊下を歩いた。29日に主治医の小森先生の面談があり、手術後の経過は良好で、①白血球、②CRPが下がっている。1月2日に退院の予定であるとのこと。新年の2018年1月2日朝小森先生が、胸の傷を見に来られた。X線検査、心電図ともOKで、午前中に退院できた。14日間の入院であった。高額の医療費は、高齢者医療保険制度で負担をして頂けたので、本人負担は、すこしですみ大変助かった。
手術後の経過
1月2日に退院。胸骨が元にくっつくように、バンドで縛ってあり、しばらくは3kg以上の思いものを持つことを禁止された。1週間後の診察、後は、2月22日輸血後感染症検査、1年後の診察(1月15日と1月29日)も受けた。超音波、CT、血液、心電図、X線検査とも問題なし。医師は恩賀陽平先生。特にお願いして2年後の検査(2020年1月29日)もうけて、問題なしであつた。
また、リハビリについて、1月17日に外来リハビリ開始前診察があり、1月19日から外来リハビリを開始した。4月4日リハビリ後マットを元に戻す際にふらつき一時意識がなくなった。救急室で点滴をうける。血液検査では、クレアチニン値が悪くなっていた。その後、リハビリはやめた。
かかりつけ医院・せき循環器内科クリニック
榊原記念病院の紹介状を頂き、2018年1月18日、調布駅前のせき循環器内科クリニックの診察を受けた。医師は関先生。10年ほど榊原記念病院におられた医師。その後毎月1回定期的に診察を受けている。
光線過敏性薬疹
2018年2月8日前日より顔がかゆく、最初東都文京病院(旧日立病院)の皮膚科で見てもらう。副腎皮質ホルモンの塗り薬を頂くが、2月13日ごろから全身がかゆくなってきた。4月9日にせき循環器内科クリニックで、慶應大学病院皮膚科の紹介状をいただき、予約が取れたので、4月13日に小幡先生(久保先生は出張休診)に診察を受けた。4月20日にも慶應大学病院皮膚科の久保先生の診察をうける。心臓手術後に飲み始めた「ピロプロロール」はやめるように指示があった。これが原因か?紫外線に当たると反応するとの説明であった。以後、慶應大学病院皮膚科久保先生には、4月26日と4月27日に診察をうけた。5月11日の久保先生の診察では「光線過敏性薬疹」との診断であった。アトピーではないようだ。5月18日小幡先生(代理)の診察、6月1日久保先生の診察があり、その後は小幡先生(代理)や、再診予約で斉藤先生、平井先生、村上先生と診察をうけた。お陰でほとんどよくなってきた。でも慶應病院の再診予約はよく先生が変わつた。
最後に
2017年12月22日に、府中市の榊原記念病院で、胸部(弓部)動脈瘤で人工血管置換手術を受けた。20日に入院し、22日に手術を受けた。
それから3年がたった。お陰様で、1年後と2年後の検査でも、心臓の機能は問題ないとの診察結果をいただいている。自分でも歳の割には元気だと感じている。85歳を過ぎると手術は難しいと言われていて、手術出来るギリギリの年齢であった。また、たまたま、肺機能の関連で、CT検査を受けなかったら、大動脈瘤は見つからなかったと思うと、つくづく幸運だったと思う。
リハビリ中には、また「カメラを持って野川を散歩する」ことを目標にしていた。それも達成できて、感謝感謝の毎日である。
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