長生き

人々ななぜか「長生き」を望みますね。
もちろん「健康で長生き」であることが前提ではありますが。
しかし老化とともに足がおぼつかないとか、耳が遠くなるとか、物覚えが悪くなるとか誰でもあります。
そのような老化現象が一切なく100歳を向かえたら逆に気持ち悪いですが…。

しかし、「長生き=善」という価値観はなぜなんでしょう。
たとえ短命で若い年代で亡くなってしまったとしても、この世のお役目を果たして次のステージに行ったのだと考えれば、特に悪いことではありません。
もちろん残された家族は寂しいですし悲しいですが。
なかなかそのように気持ちを切り替えることもできないかもしれません。
ただ若くして亡くなってしまったとしても、「何か」を必ずこの世に残していってくれています。
その方の命を無駄にせず、その人の人生から必ず何かを学び取って無駄にしないことが大事です。

ただ、昨今のワクチン接種後の死亡のように、医療行為が原因で亡くなってしまったとかを考えると、どうも納得がいきませんね。
「薬害を知らしめるためにこの世でのお役目を果たした」とも考えられなくはないですが、ワクチンを打たなければまだまだ生きたかもしれないのです。
「これも運命」と言ったらそれまでですが。

ワクチンの害に気付いて一切打たなかった人や、途中で気付いて打つのをやめた人もいます。
一方で、害に気付いているのか気付いていないのか知りませんが、ワクチンを打ち続ける人もいます。
これだけ有害事象が報告されているというのに。
同じ情報を得て、「打つ」「打たない」を決め、その後の人生が変わるのだとしたら、「運命」と言えるのかもしれません。

製薬会社の圧力によるワクチン政策がなければ、多くの人が亡くならずに済み、多くの人が健康被害を生まずに済んだかもしれないのです。
ワクチン推進派からしたらきっと「ワクチン打たなければもっと多くの人がコロナで死んだんだ」と反論しそうですが、そんな仮定の話どうでもいいです。
まだ「コロナで死んだ」のほうが運命としては受け入れやすいと思います。
「ワクチンで死んだ」のほうが、自分は納得がいかないです。

でもこれもみなさんご存じの通り、「ワクチンで死んだ方がましだ」と言ってワクチン接種をおこなう人が多くいたのも事実です。
価値観の違いですね。
到底自分には理解できない価値観ですが、価値観というのは人ぞれぞれですから否定はできません。
ですから、やはりワクチンで死ぬ死なないも「運命」なのかもしれません。

新型コロナにかかっても自分の免疫で十分対抗できただろうに、ワクチン打って死んだ人もいっぱいいるはずです。
とてももったいない気がしますが、ワクチン打つことを選択したのも結局は自分です。
同調圧力やら職場からの半強制で打たざるを得なかった、という人もいるかもしれませんが、それでもそれを拒否して打たなかった人が多くいるのも事実です。
強制する職場を辞めてまでワクチン接種から回避したという人もいるくらいです。
どこかの消防署であったイジメ・差別を受けてでも未接種を貫いた人もいるのです。
今の時代「変人」じゃないと生き残れません。
「変人」でいる覚悟がないと生き残れません。
国やメディアがおかしい「普通」の価値観を植え付けてくるのですから。
(今回の場合でいえば、ワクチン接種すること=普通、という価値観)
「変人」を選んで生き続けた人もいっぱいいるのです。

結局どの道を選ぶか、自分がどう考えるかってことをみていくと、やはり「運命」ってことになっちゃうのかなと思います。
「運命」なんてとても便利な言葉ですし、そのような言葉で片付けていいものかわかりませんけど。

以前ブログに「寿命というものはある程度決まっている」ということを書いたかと思いますが、このワクチン接種後の死亡に関してもそうなのかもしれません。

ワクチン打っても元気な人いっぱいいますからね。
ロット番号の違いにもよるでしょうけど、どのロット番号に当たるかも結局は「運」ですから。

この世の中、絶対にみえない力が働いています。

いきなり話が脱線しまくってしまいましたが、今回のテーマは「長生き」です。

高齢者の方を診察していると「早く死にたい」という方が結構おられるんですね。
冗談か本気かはわかりませんが、その冗談か本気かを見極めてリアクションしなければならず結構大変です。

確かに今の日本はいろいろな問題が山積みですし、長生きするのが良いのかどうかわかりません。
特に現役世代は、税金+税金もどきで搾取され続けるわですからね。
今の日本の社会システムを見ている限り、明るい老後がなかなか描けません。

高齢者の方にとっても、体が思うように動かないとか、そのようなことになると「長生きしたくない」と思ってしまうのかもしれません。

採血をして免疫力が良かったりすると「長生き体質ですね」と説明したりするのですが、それで残念がる人もいるのです。
「長生きしたくない」と。
ちょっと悲しくなってしまいます。

そんなとき、とてもいいものを見つけました。
昨年の日めくりカレンダーにあった言葉です。


「諦めて長生きしな」

早速コピーして、何人かの患者さんに配りました。
もちろん渡す人は選んでいます。

ちゃんと生かされている理由があるはずです。
ですから、諦めて長生きするしかありません。

ちなみに95歳の患者さんで、一人暮らしされているのですが、ドイツ語の本を訳したり勉強熱心な方がいるのですね。
数ヶ月に1回程度は、付きそいで本屋さんにも連れて行ってもらい、本をまとめ買いしてくるのです。
その方は長生きされている方になりますが、時間がまだまだ足りないでしょう。
脳みそもかなり若いなと感じます。
95歳になってもまだまだ向上心を持ち続ける。
まぶしいくらいです。
逆に自分がいろいろを学ばさせてもらっていますし、自分の方がエネルギーをもらっている感じです。
こんなふうに歳がとれたらな、と思います。

とか言っておきながら自分も別に長生きはしたいとは思いませんが、少なくともワナには引っかからないで生き続けたいと思います。
本来与えられた寿命をまっとうしたいとは思っています。
生かされ続けている限り何かお役目があると思いますし。


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おおきな木ホームクリニック
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