写真のように 第11回 写真にできることはまだ残されているのか!? 展評 「見るまえに跳べ 日本の新進作家 vol.20」東京都写真美術館
「即興 ホンマタカシ」展を取り上げたのであれば、同じ東京都写真美術館で開催中の 「見るまえに跳べ日本の新進作家 vol.20 」を取り上げねばなるまい。毎秋恒例の都写美の「日本の新進作家」展だが、今年は久々に粒ぞろいの作家と作品を集めた、好企画だった。「今年は」と語るのは、当然そうではない回もあるからで、ぶっちゃけ昨年とか一昨年の企画はあまりおもしろくなかった。もちろん、ひとりふたり、光る作品を出品している作家もいるわけだけれど、今年のように粒ぞろいとまで言わせる年はもう10年以上なかった気がする。それだけ今年のキュレーションが冴えていた、という見方もできるだろう。
今回の出品作家はうつゆみこ、淵上裕太(ふちかみ・ゆうた)、星玄人(ほし・はると)、夢無子(むむこ)、山上新平(やまがみ・しんぺい)の5人。このラインナップを知ったとき、期待と感動で高揚した。まさにこれから世に出て活躍を期待されている人と、実力はあったが訳あって裏道を歩いていてやっと公的な機関からスポットライトが当たった人の2種類が含まれていたからだ。出品作家と展示を見た順にひとりづつ、解説していく。
淵上裕太:上野公園
淵上とは、7年前に写真集の製作で知り合った。ある写真家と自費出版で地下アイドルのドキュメンタリーの写真集を作っていて、新宿歌舞伎町のバッティングセンターで深夜ポートレート撮影をするときに写真家が呼んだアシスタントが淵上だった。冷静で真面目な青年というのがその時の印象で、四谷三丁目のTOTEM POLE PHOTO GALLERYの同人だった。のちに招待状をもらって展示を見た。モノクロのポートレート写真だった。被写体はホームレスやスクワッター。彼らに近づきすぎず、避けすぎず、相手の事を思いやる距離感が良いなとその時は思った。次に会ったのが、塩竃フォトフェスティバルだった。彼はそこでグランプリを受賞した。今回、出品したのはその受賞作でもある「上野公園」である。展示の仕方がダイナミックで大判出力した銀塩のカラープリントを壁に垂らすように貼ったり、木組みのフレームに宙づりするように写真を飾るとか、なかなかアイデアがある人だなと思った。僕が秘かに「上野のハイジとペーター」と命名した、二人組の垢抜けないが素敵なカップルのポートレートが、淵上の人間性をよく表している。
夢無子:戦争だから、結婚しよう!
夢無子は中国出身の作家だ。名前は勿論ペンネーム。最近、玄光社から写真集が出たらしい。1988年生まれの宇多田ヒカル世代よりも若い作家だ。数カ国語話せると言われ、若い時から世界を放浪して写真や映像作品を制作しているそうで、国民党の蒋介石の孫という説がある。乱世になるとおもしろい人物が世界の表舞台に現れるものだが、この人もそういう人なのかもしれない。作品は戦時下のウクライナに入国して撮影した映像を編集した作品。現地の生々しい映像(それは惨劇でもあり美しくもある)を編集して、見応えのある内容に仕上げている。正直、何がなんだか分からない、何度も見ないと言わんとしいる意味を理解できないが、いまウクライナで起こっていることとはそういう事なのだろう。
山上新平:Epiphany
今回の出品作家で最も洗練されているというか、完成度の高い展示をおこなっていたのが彼である。すでに、彼の地元である鎌倉の海を撮った作品等でいくつかの展示をおこなっているのを見たことがある。今回は未発表のスナップショットを額装して展示している。特殊な視力を持つと言われ、眼の解像度が異常に高いのが海の写真から想像できたが、今回出品されたのは美しいというか幻想的なカラーとモノクロのスナップだった。山上自身が考えたという、展示構成とライティングが素晴らしかった。彼こそが、まさにこれから世界に出ていく作家なのだろう。特に広告・ファッションの世界が彼を放っておかないと思われる。上田義彦のように、広告と作品の両方で活躍できる高い美の感覚をもつ作家となっていくんだろうな、と思いました。
星玄人:口笛、街の灯、西成、東京、東京都港区西麻布3 -1-19 -1F、横浜
彼こそが、苦労人でやっとメジャーから声が掛かった人である。2018年に「写真の会」賞を「口笛」で受賞しているが、ほぼ無冠の帝王。その人が新進作家展に選ばれるとは、写真の神様も粋なことをするなと思った。さて、夜の繁華街、夜の世界のスナップショットである。そこには星玄人にしか撮れない世界がある。写真のトーンはまちまち、ストロボ光が強すぎて色飛びが激しいカラープリントもあるが、そこにはさまざまなものが滲んでいる。じっと見ていると、大切な人、大切な場所が写っているのだなあという気持ちになってくる。実際の街は写真のようにメランコリックではないのだろうけれど、写真にすれば自分の気持ちに落とし込むことができる。写真が単なる世界の複写ではないことを、確認できる展示でした。
うつゆみこ:岡崎おうはんコンゴウインコ など
最高の展示でした。ふげん社から写真集が出たばかりだったけれども、この都写美の展示がうつゆみこの作家性が最もよく発揮できていると思いました。うつは、生物の死体や食物や人形といったあらゆるオブジェクトを使い、「生物(なまもの)×ガジェット」という体裁の写真を創りあげる美術家である。作品にするときに写真に撮るのであって、この人の本質は造形作家なのではないかと思うときがある。うつさんのデビューは2000年代なのだが、結婚・出産・子育てとそれこそ2010年代は主婦と写真家の両立でさぞかし大変な日常を送っていたと思う。がしかし、今回の展示を見たら、若い時の作品よりも内容がスープアップされているというか、明らかに狂っていた(褒め言葉です)ので、心配ご無用という印象でした。これからは、世界に向かって羽ばたいてください。
今回のキュレーターは、都写美学芸員の浜崎加織さん。内覧会の会場で立ち話的にキュレーションのポイントと人選について伺った。
「考えすぎのような、シュッとした感じの写真からは離れたいと思い、考えることに囚われず直感的に撮っている人を選びました。しょせんは人間も動物じゃないですか。結局は写真も生と死に直結している行為だと思うんですよね」。
なかなか深い。写真ができることはまだ残っていたんだな、久しぶりに胸のすく思いを感じた展示でした。 (了)
展覧会情報
題名:見るまえに跳べ 日本の新進作家 vol.20
会場:東京都写真美術館 3階展示室
住所: 東京都目黒区三田1-13-3
会期:2023年10月27日(金)ー2024年1月21日(日)
https://topmuseum.jp/