【フリー台本】隠れ家レストラン シナリオ第三部(男性2 女性1 不問1)
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【概要】
あらすじ
夢叶えて自分の店をもった料理人のもとに、サラリーマンになった幼馴染が開店祝いに訪れた。
久しぶりの再会に酒を飲みかわしながら、少年の日の不思議な体験を懐かしく思い出す。
それは金木犀の香りが誘う、二人だけの秘密の思い出話。
情報
声劇台本 4人用
編成 男性2人 女性1人 性別不問1人
(少年時代が長いので、男性の配役を女性が演じてもOKです)
上演時間 約60分
短編小説「隠れ家レストラン」を声劇シナリオ向けに再編したものとなります。
全三部中の第三部。
第二部までは3人編成、第三部は編成が4人になります。ご注意ください。
登場人物
◆晴翔(ハルト) <男性>
大人時代……二十九歳 男性。 財閥系巨大企業のエリートサラリーマン。
子供時代……九歳。 裕福な共働き夫婦の一人っ子。親の顔色を伺いつつ、基本は品行方正。父親は単身赴任、母親は帰りが遅く、いつも寂しい。
(※モノローグも読みます)
◆大地(ガイア) <男性>
大人時代……二十九歳 男性。 苦労のすえ、念願の自分の店を持った料理人。
子供時代……九歳。 父親と二人暮らしで、その父親はネグレクトな環境で、遅くまで家に帰ろうとしない。けれど、本人は明るく前向きで、誰とでも友達になるタイプ。
◆令(レイ) <性別不問>
十、十一歳くらいの男の子。自分のことを話さないので、大地の友達だということくらいしかわからない。歳のわりに大人びた雰囲気
◆お母さん/女性警官 <女性>
ハルトのお母さん。キャリアウーマンで夜遅くに帰ってくるし、出張にも行く。ハルトには、なに不自由のない暮らしを与えているし、その愛情も伝わっていると思っている。
ハルトのお母さんと女性警察官の二役を演じます。
◆ナレーション <ガイア役、レイ役兼>
ガイア役が前半、レイ役が後半の指定箇所のナレーションを読みます。
ナレーションを分担すると、出番がおおよそ均等になります。
どちらかが担当しても、別にナレーション役を立てても大丈夫です。
【本文】
<ナレーションを分担する場合、ここからガイア役が読みます>
ナレーション
大失敗してしまった初めてのカレーづくり。
盛り付けた分は食べ切って、おかわりをする気にはあまりなれなくて、そろそろ急いで、散らかし放題の台所を片付けようかという時だった。
──ガチャリ
玄関から、鍵の開く音がした。
ハルト
「え? ……ま、まだ九時なのに?」
ガイア
「え、ヤバイ?」
ハルト
「いや、えっと……どうしよ……」
ガイア
「隠れる?」
ハルト
「う、ん……あ、でも靴でもうバレてる?」
お母さん
「……晴翔? ひょっとして、お友達 来てる?」
ハルト
「あ……」
ナレーション
晴翔の返事を待たず、怪訝そうな顔つきのお母さんがリビングに入ってきて、眉をひそめた。
お母さん
「ねぇ晴翔。もう、お友達と遊ぶような時間じゃないわよ。こんな時間まで引き止めて、お友達のお母さんがとっても心配すると思わない?」
ハルト(モノローグ)
(友達の前だから優しく言ってるけど、お母さん、絶対、すごく怒ってる……よね?)
お母さん
「台所で、何をしていたの?」
ハルト
「か……カレー、作って……」
お母さん
「それを食べていた跡がこの食卓ね? 大人がいないのに、包丁やコンロを使ったの?」
ハルト
「うん。けど、できたよ」
お母さん
「できたかどうかって、問題じゃなくてね……」
ナレーション
お母さんは、ガイアのほうに顔を向けた。
お母さん
「あなた、お名前は? お母さんは、あなたがここにいること、知ってる?」
ガイア
「……あ……オレは……えっと……」
ハルト
「ガイアくん……。二組の……それから……」
お母さん
「ああ。あなたが、大地くん
──はぁ……
大地くん。おうちにお電話するからね。番号わかる?」
ガイア
「……わかんない」
お母さん
「そう。困ったわね」
ガイア
「大丈夫。心配、してないから……」
お母さん
「そう言う問題じゃないのよ。
──こんな時間にひとりで帰らせるわけにはいかないし、おうちの人に事情を話さないといけないからよ。しかたがないから、お家まで送るわね」
ガイア
「じぶんで……ひとりで帰れるよ?」
お母さん
「"普通"は、子供がひとりで外を歩いていい時間じゃ、ないの。
──ともかく、お母さんは大地くんを送ってくるから、晴翔は家で待ってなさい」
ハルト
「え、でもレイは? いいの?」
お母さん
「礼って? ……ああ、カレーのこと? 作っておいてくれてありがとうと、お礼を言われたいの? 約束ごとをこんなにたくさん破っておいて?」
ハルト
「え? そうじゃなくて……」
お母さん
「とにかく! もう遅いんだから、晴翔はシャワーあびて、先に寝てなさい!」
ナレーション
最後には怒りをあらわにして、ばたばたと、ひきずるようにガイアの手を引いて出ていくお母さんを、ハルトはぽかんと見送った。
そして、となりにいるレイと顔を見合わせた。
ハルト
「なんでレイのこと無視したんだろう?」
レイ
「じつは、こっそり隠れてたから?」
ハルト
「そうなの? いつの間にそんなに完璧に隠れてたの?」
レイ
「ふふ。いつの間にか、だよ」
ハルト
「ずっと、隣にいる気がしてたよ」
レイ
「そお? それはともかく、今のうちに帰っちゃうね」
ハルト
「夜遅くなっちゃったけど、平気? 怒られない?」
レイ
「大丈夫。また、明日ね。今日はありがとう」
ハルト
「うん。お母さん帰ってきちゃって、ごめんね。またね」
* *
ナレーション
帰ってきたお母さんは、すごい剣幕でハルトに怒鳴り散らした。
お母さん
「一体、今、何時だと思っているの⁉︎ お母さん帰ってきたの、九時よ、九時! まともな小学生なら、こんな時間まで他人様の家で遊ぶなんて、ありえないわよ!」
ハルト
「はい」
お母さん
「晴翔にも、お母さんのいない時に友達を家に入れるなと言っていたでしょ! それに、包丁やらコンロやら使って! 事故でもあったらどうするの! 誰が責任取れるっていうの!」
ハルト
「はい」
お母さん
「だから、大地くんとは付き合うなと言っていたわよね! 案の定じゃないの! ひとりで夜遊びしているならまだしも、晴翔までまきこまれて!
大地くんのおうち行ったけどね、あんな酷くだらしない父親しかいないんじゃ、そりゃあね。
こんな時間まで子どもを放っておいても心配もしないなんて、完全に育児放棄じゃないの。送っていってもありがとうのひとつもなしに。
昼間パチンコしかしてないっていうウワサも頷けるわ。本当、実際、何をしている人なんだかね」
ハルト
「はい」
お母さん
「とにかくね、あの辺の地域に住んでいる人とはあまり仲良くしないほうがいいのよ。
晴翔には将来があるんだから、小学生のうちからこんな、図々しく他人様の家に上がり込んで夜遊びするような子と遊んでいたら、影響されてあなたまで駄目な大人になってしまうわよ! それからね……」
ハルト(モノローグ)
(ずっと怒られるのは嫌だから、大人しく返事はするけど、けど……
──イクジホウキは、うちもそうじゃないか。じゃあ、お母さんは子ども無視して昼も夜も、なにしてるんだよ。仕事って言えばそれで偉くて、仕事ならイクジホウキにならないわけ?
ガイアはひとりぼっちの寂しい時間に一緒にいてくれた大切な友達なのに、なんでひどい悪口を言われないといけないの?
住んでるチイキとかよくわからないけど、そんなのガイアのせいじゃ、ないじゃないか。)
ナレーション
お母さんは、言いたいことを言い切ってしまうと、キッチンにあるカレーの鍋を持ち上げた。
いまいましげに鍋をシンクに向かって傾けると、鍋に残ったカレーはさらさらと流れて排水口に消え、生ゴミ受けに具の野菜や肉がたまる。
ハルト
「どうして、勝手に捨てちゃうの!」
お母さん
「食べるつもりがないからよ」
ハルト
「だからって……! 確かに美味しくはなかったけど!」
お母さん
「こんなにたくさん、捨てるよりどうしようもないでしょう。疲れているのに、こんなに台所汚して、洗い物増やして!」
ハルト
「お母さんかえってくる前に片付けるはずだったもん」
お母さん
「いいから、もう寝なさい。お母さんもさっさと片付けて、買ってきた夕飯食べてしまいたいのよ」
ハルト
「──んんぅ……はいっ! わかりましたっ!」
ナレーション
ハルトは「おやすみなさい」も言わずに自分の部屋に入ってベッドに潜りこんだ。
我慢していたつもりではなかったけれど、途端に涙があふれてきた。
* *
お母さん
「ハルト。おはよう。ちょっと早いけど起きてくれる?」
ハルト
「んん……うん……?」
お母さん
「ほら、早くベッドから出て?」
ハルト
「うん」
お母さん
「今日は出張だから、今夜はお母さんいないからね。だからって、絶対に絶対に、好き勝手しないこと! 学童が終わったらまっすぐ家に帰って、早めに寝ること! 絶対よ! 守ってね? それから……」
ナレーション
お母さんは注意事項を長々としゃべりながら朝食のパンと牛乳をテーブルに置くと、慌ただしく出かけて行った。
もちろん、ねぼけまなこのハルトの耳には、その内容の半分も入ってきてはいない。
一人になった家の中で、ハルトはテレビが流している朝のニュースを、パジャマ姿のまま、ぼけっと眺めた。
気付けば登校の時間になっていたけれど、かまわずにテレビを眺め続けた。どうせバレやしないし、親の言うことをお利口に聞いて学校に行く必要もないように思えたのだ。
テレビ番組がつまらなくなってきたので、録画していたアニメをつけると、主人公の男の子が母親に怒られた反抗に、家を飛び出す場面が流れた。
ハルト
「……そうだ! コレだ! 家出しよう!」
ナレーション
ハルトは思い立つと、テーブルの上の千円札を握りしめた。二日分の、二枚だ。一緒に置かれていたメモには『もう、友だちを家に入れないこと、だいどころを使わないこと、九時までに寝ること』などが追記されていた。
そこに、ハルトはもう一言、つけたした。家出の決まり文句だ。
ハルト
「さ が さ な い で く だ さ い。……と」
ハルト(モノローグ)
(さっそく、準備しよう。荷物は何がいるかな。
着替えと、懐中電灯と、レジャーシート、お菓子やペットボトルの飲み物とか、暇つぶしのゲームとか……。
全部リュックに入れて。あ、宝物も持って出よう。それから、もちろんお金は全部。)
ハルト
「──よし。もう、家には戻らないぞ」
* *
ハルト(モノローグ)
(学校、本当にサボっちゃった。当たり前だけど、小学生一人もいないな。知らない場所にいる気分。
さて、どうしようかな。お金はあるから電車やバスに乗って遠くにも行けるけど……。遠くに行くなら、ガイアとレイには家出したことを伝えなきゃ。
学校が終わる時間まで、秘密基地で待っていよう。)
ナレーション
子ども広場には、まだ幼稚園にも行かない小さな子どもとそのお母さん、それと保育園の園児の集団が遊んでいた。
ハルトは、その人たちの目になるべく入らないように、少し遠回りになるけれど広場は通らずに、森へと向かう。
太陽に明るく照らされた秘密基地は、なんだか自分たちのものではないように感じながら、ハルトはリュックサックを放り入れて、フェンスと生垣のすきまをくぐろうとした。
レイ
「合言葉は?」
ハルト
「えっ⁉︎」
レイ
「あ い こ と ば」
ハルト
「も、森の中!」
レイ
「入ってよし!」
ハルト
「……その声は、レイ?」
レイ
「やっぱりハルトか。学校は?」
ハルト
「レイこそ、学校は?」
レイ
「僕は……もともと学校行ってないんだ。ハルトはどうしたの? 普段はサボったりしないでしょ?」
ハルト
「ぼくは、家出してきたんだ。だから、学校にも行かないよ!」
レイ
「……ふふっ。そっか」
ハルト
「な、なんで笑うの」
レイ
「ごめんごめん。バカにしたわけじゃなくてね。考えること、同じだなぁと思って」
ナレーション
レイがそう言った時、フェンスがガシャガシャと大きな音をたてた。
プリンカップいっぱいのキンモクセイの花を片手に、ガイアが基地に入ってきた。
ガイア
「へ? ハルト、なんでいるの?」
レイ
「ハルト"も"家出だって」
ガイア
「ハルトが? まじで? ひょっとしてめちゃくちゃ怒られた? 殴られたりした?」
ハルト
「めちゃくちゃ怒られたけど、殴ったりはないよ」
ガイア
「遅くまでいたからだよなぁ。ごめんな」
ハルト
「誘ったのはぼくなんだから、ガイアがあやまることないし」
ガイア
「じゃあ、なんで家出?」
ハルト
「怒られたことより、もっと嫌な気分になることあったし、もう、今までお母さんに放っておかれたこととか、全部、いろいろ嫌になって、もうこの家にいなくていいかなって。……ガイアは?」
ガイア
「昨日、お前のお母さんに送ってもらっただろ? うちの父さん、それが気に入らなかったらしくてさぁ。恥かかせやがってとかなんとかオレに当たり散らしてさぁ。……どっちがはずかしいんだよっつーのな。
オレなんてどうせ、いないようなもんだったし、もういなくなってもいいかなって」
ハルト
「ガイアもぼくも、いなくなった事にも気づかれなかったりして」
ガイア
「ハルトはさすがに気付かれるだろー。セケンテイが悪いから!」
ハルト
「それは……そうかも? じゃあソウサクネガイとか、やるのかなぁ? どこに行ったら見つからないだろう?」
レイ
「だったら、二人とも、僕のうちにおいでよ」
ガイア
「レイん家?」
レイ
「僕のうちなら、絶対に見つからないよ」
ハルト
「レイが学校行ってないなら、友達つながりでみつかることは、たしかにないね」
ガイア
「でも、ハルトのお母さんみたいに、子どもがずっといたら、そのうち帰れって言うんじゃねぇの?」
レイ
「帰れなんて言う人なんか、いないよ」
ハルト
「お母さんがすごく優しいの? それとも、うちみたいに全然帰ってこないからってこと?」
レイ
「いろいろ聞くよりも、来た方が早いよ!
カラダはもう大丈夫。僕らの食べ物を何度も食べているし、この秘密基地も半分は混じってるし、すぐに順応できるよ」
ハルト
「……ん? どういうこと?」
レイ
「僕の家は、ココだけど、ココじゃないところにあるんだ」
ガイア
「はぁ? わけわかんねぇ……」
ハルト
「……レイはひょっとして……人間じゃない、とか?」
ガイア
「いやいや、そんなまさか……ハルト、何言ってんの?」
ハルト
「まさかでもないでしょ。だって、今まで食べてたもの、ガイアはどう説明するの?」
ガイア
「でも、レイも、わからないって言ってた」
ハルト
「"説明できない"って言ってたよ」
ガイア
「そんな細かいこと覚えてねぇよ」
ハルト
「それに、昨日のお母さん、レイがいることに気づいてないみたいだった」
ガイア
「じゃあ、なに? レイはオバケかなんかだって言いたいの?」
ナレーション
ハルトとガイアは同時にレイをまじまじと見た。それから、触ってみた。
レイ
「ははは! 二人とも、急にさわったらくすぐったい!」
ガイア
「ほら、触れるし、あったかいし、足もあるし、オバケじゃねぇよ」
レイ
「オバケじゃないよ。カレーも一緒につくったじゃない。
案ずるより産むが易しってね。難しく考えないで! 見つかりたくないんでしょ?」
ガイア
「うん、見つかりたくない」
レイ
「それなら、ほら、僕の手をにぎって?」
ガイア
「これでいい?」
ハルト
「ちょっと、ガイア! 怖くないの?」
ガイア
「だってレイだもん。怖くないよ」
レイ
「ね、ハルトも」
ハルト
「う……うん」
レイ
「さあ、ようこそ。僕の国へ」
ナレーション
ぽかんとしながらひとつまばたきをすると、木々や地面の色が自然の色よりも鮮やかになった。まるでカラフルな絵画の中に入ったかのようで、それと一緒にさっきより眩しくも感じた。
思わずまたぱちぱちとすると、そのたびに少しずつ、気付くかどうかというくらいに景色が変わっていった。
錆びたフェンスはなくなって整った生垣になり、トラテープはお正月に見るようなしめ縄に、古い倉庫は、綺麗な木造の小屋になった。
フェンスだった生垣の一部は門のように開かれていた。ガイアはそこから飛び出していった。
* *
<ナレーションを分担する場合、ここからレイ役が読みます>
ナレーション
秘密基地から出た先は、そのまま見慣れた公園のようでいて、様子が違った。
地面には足の置き場がないほどに四季折々の花がいっしょくたに咲き乱れ、クスノキや樫のたぐいが初夏のように青々と葉を茂らせている。
ガイアが考えなしに踏んでしまった花々は、風にそよいだだけという顔をして平然とその身を起こしてまたその綺麗な姿を見せた。
ガイア
「すっげえ! なあ!」
ハルト
「うん、だけど……」
ガイア
「つっ立ってないで、公園見に行ってみようぜ」
レイ
「素敵な場所でしょ? ハルトもはやくおいでよ」
ハルト
「ここはもう、"君の国"なの? ぼく、ちゃんと"行く"って言ってなかったよ?」
レイ
「そうだよ! ハルトの家で料理をしようと言い始めたときは、ひょっとしてもうココには来てくれなくなっちゃうかもって不安になったけど、君たちが秘密基地に戻ってきてくれてよかったよ。
僕が寂しくなっちゃうもの」
ガイア
「ハルト、動かないなら置いてくぞ?」
ハルト
「あ……ちょっと、まってよ」
ナレーション
ズンズンと公園の道を進んでいくガイアとレイに引っ張られながら、ハルトはキョロキョロと辺りを見回した。
その葉の合間にたわわにオレンジの花を咲かせた金木犀の高木があるかと思えば、子供広場の桜は満開で、公園を横切る石畳の道の両脇に植えられたイチョウ並木は金色に輝いている。
それぞれの植物が、自分たちが一番きれいに輝く瞬間を見て欲しいと主張しているようだった。
種々の花の芳香や若葉の匂いに誘われて、鼻からすぅと息を吸うと、ひときわ濃く漂っているキンモクセイの甘い香りが幸せを呼ぶ。
耳をすませば、木々のざわめきや虫の音、鳥の声、せせらぎや自分たちの足音が、心地よく旋律を奏でている。
そして、そんな風景が、香りが、音楽が、だんだんとハルトの不安な気持ちをかき消して、夢心地に足元をふわふわとさせた。
広い公園をひとしきり見て回るとお腹がすいてきて、秘密基地の小屋に戻った。
小屋の中は朽ちた倉庫ではなくて、古いけれど手入れの行き届いた、昔の日本家屋になっている。外から見た印象よりも、ずいぶんと広い。
ガイア
「ごはんどうする? すっげー腹へった」
ハルト
「これ、かまどだっけ? 昔の人はこれでご飯炊いたんだよね?」
ガイア
「炊飯器ですら失敗したのに、かまどで米なんて炊ける?」
レイ
「料理は秘密基地と同じでいいよ! ガイア、いつも通りに何か作ってよ」
ガイア
「それでいいの? いつも通りっちゃいつも通りなんだけど、なんか変な感じだな」
ハルト
「普通に台所もある家なのにね」
ガイア
「はい、じゃあ今日はみんなカレーな」
ハルト
「えー、昨日食べたじゃん」
ガイア
「あれはカレーじゃない。次作る時のために、ちゃんと、正解を覚えとかないと」
レイ
「ここならなんでも好きなもの食べれるんだから、ホンモノ料理はもういいじゃない」
* *
ハルト
「ごちそうさま! おなかいっぱい」
ガイア
「食べたあと畳で寝転がってると眠くなってくるなぁ」
ハルト
「ぽかぽかあったかいしねぇ……ふわぁ……」
ガイア
「あ、レイ、もう寝てる?」
レイ
「目はつむってるけど、まだ起きてるよー」
* *
ハルト
「ん……あ、れ? ここどこだっけ?」
ガイア
「グレードアップした秘密基地……ていうか、レイの家?」
ハルト
「あ、そうだった。昼寝しちゃったんだ」
ガイア
「オレもさっき起きた。もう夕方だ」
ハルト
「あ、ねえ、夕陽、すっごい綺麗」
レイ
「もっかい遊びに行こう。夜の公園もキレイだよ!」
ナレーション
小屋から出てみると、暮なずむ空が、オレンジや赤や紫や様々に彩られて、月と星も一緒にきらめいていた。
美しい光景に思わず見入っていると、だんだんと星々瞬く夜が、天空を占拠していく。
しかし、いつもの公園のように真っ暗にはならなかった。見上げる木々も、足元の草花もほんのりと輝き、街灯は影を作らない。
昼間の明るさとも全く違うけれど、電飾きらめくイルミネーションの中にいるような、そんな明るさがあった。
幻想的な光のあふれる公園で、ハルトとガイアとレイは心ゆくまで遊んだ。何時間たったのかわからないけれど、ちっとも疲れなかった。それでも少し飽きてきて、小屋にもどると、夕飯を食べた。
もとの秘密基地では膝をつきあわせるほどにせまい小屋だったのが、とても広くなっているので、なんだか少しおちつかない。そして、明日もあさってもこれが続くのだと思うと、ちょっと寂しさも感じた。
ガイア
「どうした、ハルト。元気ないけど。疲れすぎた?」
ハルト
「──ぼく、やっぱり、家に帰ろうかな……」
ガイア
「え?」
ハルト
「ひょっとしたらぼく、ただ、お母さんに心配かけたかっただけかもしれない。本当のほんとうに見つからないのは、ちょっと、困るかも……。学校も、嫌いじゃないし……」
ガイア
「ああ……うん……」
レイ
「──……せっかくココまで来てくれても、ほとんどの子がハルトみたいに帰りたいって言う」
ハルト
「ごめん。でも、今日は帰るけど、また遊びに来るし……」
レイ
「また……?」
ハルト
「うん」
レイ
「ガイアも、帰りたい?」
ガイア
「オレは……。別に家に帰りたいわけじゃないけど、ココじゃレストランは開けないから、帰ろうかな」
レイ
「レストランならココでもできるさ! 今も、僕たちにおいしい料理を振舞ってくれてるじゃない」
ガイア
「違う。オママゴトじゃなくて、ハルトの家でやったみたいにちゃんと料理して、たくさんのお客さんに食べてもらいたいんだ」
レイ
「そう……素敵だね」
ナレーション
レイは寂しそうに眉をさげながらも、笑顔を作った。
レイ
「帰りたい子をひきとめることはできないけど、ココから帰るにも、条件があるんだ」
ハルト
「条件?」
レイ
「心から、きみの帰りを待っていてくれる人が、いること」
ナレーション
ガイアとハルトは不安そうに顔を見合わせた。だって、自分が家族にとって必要ないんだと思って、家出をしてきたのだ。親が自分の帰りを心から望んでくれるのか、自信はなかった。
レイ
「じゃあ……もう夜もふけたし、寝る時間だ。
今夜は泊まっていって。また、明日ね」
ナレーション
レイにうながされて、いつの間にか用意されていたふかふかの布団に、ハルトとガイアはもぐりこんだ。
急にどっと疲れがやってきて、身体もまぶたも、重くて仕方がなくなった。
レイ
「ガイアのレストラン、僕も行っていいかな」
ガイア
「もちろん! 店ひらいたら、絶対来いよな! もちろんハルトも!」
レイ
「帰っちゃうのは寂しいけど、また秘密基地で遊べたらいいね。
あ、もし、帰れなかったら、その時は僕とずっとずっと、一緒にいてね
……もう、寝ちゃったか」
* *
ナレーション
しとしと、雨が葉を打つ音で目が覚めた。ハルトとガイアは秘密基地の倉庫の中で眠っていた。
雨は降っているけれど基地はいつものように全然濡れていなくて、毛布もなにもなかったけれど、布団の中にいたかのように暖かく感じていた。
二人が起き上がって、ぱちくりとお互いの顔を見ていると、秘密基地の中を誰かが覗き込んだ。風貌からして、お巡りさんのようだった。
女性警官
「特徴どおりの子供を二人、公園で発見しました!」
ナレーション
お巡りさんは無線機に向かって言うと、トラテープを雑にはがして、フェンスを退ける。とたんに、冷たい雨がふたりの頰をたたいた。
女性警官
「きみたち、名前は? 二人だけ? 怪我は?」
ガイア
「ん? ……だれ?」
女性警官
「大丈夫? お話、できる?」
ナレーション
ハルトとガイアはまだ夢心地でぼんやりとしていて、この先のことはほとんど覚えていない。とにかく大人たちは、あれやこれやと大騒ぎしていた。ふと我に返ったときには、二人とも病院のベッドで寝かされていた。
ベッドの足元あたりに座ったレイが、病室で目覚めたハルトとガイアに声をかけた。
レイ
「帰ってこれたね」
ガイア
「レイ?」
レイ
「きみたちには悪いけど、僕はちょっとざんねん。
ずっとあの場所で、いつまでも一緒にいられたらよかったのにな」
ハルト
「でも……」
レイ
「わかってるよ。寂しいけれど、また秘密基地で遊ぼうね」
ガイア
「うん! 絶対にね!」
ハルト
「また遊ぼう!」
レイ
「うん、きっとね」
ナレーション
その声を聞いてなのか、突然ノックもせずに男がズカズカと病室に入ってきた。ガイアの父親だ。
ガイアの顔がサッと曇って、父親から伸ばされた手を遮るように、反射的に、顔の前に自身の腕を持っていく。
ギュッと目をつぶって身構えたガイアを、父親はやさしく抱擁した。
言葉は乱暴ながらも、どんなに心配していたかを伝えてくる様子は、ガイアを少しばかり驚かせた。
ガイア
「……父さんでも、心配なんてするんだ……消えろって言われたから、消えたのに」
ナレーション
ガイアのお父さんがはいってきたのと間をあけず、血相を変えたハルトの両親も病室に入ってきた。父親に会うのは久しぶりだ。
お母さん
「晴翔! いったい何があったの⁉︎ 一体どこに行ってたの⁉︎」
ハルト
「あ……」
お母さん
「あなたに何かあったらって、気が気じゃなかったわ! 事件に巻き込まれたの? お友達についていったの?」
ハルト
「違……。ちょっと家出しようと思って……」
お母さん
「ちょっとって……! 全然ちょっとじゃないでしょ!」
ハルト
「だって、一日だけだよ?」
お母さん
「ああ! 可哀想に! 日付の感覚がなくなるような何か……いえ、今は何も聞いちゃダメだったわね。 本当……無事に帰ってきて本当によかった」
ハルト(モノローグ)
(ガイアのお父さんも、うちの親も、たった一日いなくなったにしてはすごく大袈裟に心配するんだなぁ。
レイは……? やっぱり大人には見えてないのかな? ずっといるのに、まるでいないみたいだ。)
ナレーション
レイは、ハルトとガイアに向かってひらひらと手を振って、病室から出て行った。
* *
ナレーション
それから警察官がやってきて、親にも子供にも、事件性がどうたらなどと、難しい話をし始めた。
優しく話を聞いてくれたので、ガイアとハルトは、自分たちの身に起こったことを、ありのまま話した。
女性警官
「……そう。そんな素敵な夢、お姉さんも見てみたいな。それで、君たちは“秘密基地”に、一週間ずっといたってことでいいのかな?
でも、お巡りさんたちも、あそこはちゃんと探したんだよ? その時はちょうど偶然、別のところにいたってことかな?」
ガイア
「だから、一週間も出てってないって! 学校サボって秘密基地行って、それからすぐレイの家に行って、一回泊まったけど、朝には戻ってきた!
もう、この説明何度目だよ!」
女性警官
「その、"レイくんのお家"はどこ?」
ガイア
「だから、公園だけど公園じゃない場所で……さっき何度も説明したでしょ!」
女性警官
「うん、聞いたよ。けど、本当はどうしたのかが聞きたいな? 知らない大人について行っちゃったとか、もし言いにくくても、こっそり教えて欲しいな。大丈夫、誰も怒らないから! お腹すいたら、どうしてたの?」
ガイア
「だからぁ! ずっと本当のことしゃべってるってば! 信じないならもう何も言わねぇよ!」
女性警官
「……ハルトくんは、どう?」
ハルト
「えーっと……」
お母さん
「ハルト。もういい加減、きちんと、正直に話すのよ?」
ハルト
「……あー、ずっと公園にいました。偶然見つからなかっただけです」
ガイア
「ハルトぉ!」
ハルト
<ヒソヒソとガイアにだけ聞こえるように>
「もう、面倒だから」
ガイア
<ヒソヒソと>
「ケーサツに嘘つくの? 本当のこと言ってるのに。信じない方が悪いだろ」
ハルト
<ヒソヒソと>
「別に信じてもらえなくてもいいよ。本当ぽいこと言って終わろう?」
女性警官
「一週間、食べるものはどうしたの?」
ハルト
「もともと家出をするつもりだったので、食べ物は用意してたし、お金もあるので追加で買うこともできました」
女性警官
「レイくんの家っていうのは?」
ハルト
「ぼくたちがいた場所、レイの家ってことにして遊んでたんです。レイってノラ猫の名前なんですけど、住み着いてたから」
女性警官
「さっきと話がちょっと違うような気がするけど?」
ハルト
「こっちが本当のことで、いいでしょ?」
ハルト(モノローグ)
(不思議な場所から帰ってこれたこと……心から帰ってきて欲しいと願ってもらえてたこと、嬉しかったけど、なんかなぁ。
結局、子供の話なんて真剣に聞いてはくれないんだ。やっぱりセケンテイのために帰ってきて欲しかったのかな。
でも……レイが言ったことを信じるなら……。
なんだか、よくわかんなくなってきたなぁ。)
ナレーション
入院中に見た朝のテレビでは、失踪していた少年が見つかったというニュースが流れた。"神隠しか?" なんていう見出しがついていたけれど、結局は元気に見つかったよと、それだけのニュースだ。
健康診断のための短い入院が終わると、日常が戻ってきた。ハルトとガイアは放課後真っ先に、秘密基地に向かった。
生垣を取り囲むように、新しい工事用フェンスが立てられていた。中をのぞいてみると、はがされたトラテープが丸めてすててあり、古いフェンスはとりはずされて地面に置かれ、倉庫も解体作業が進んでいた。
ガイア
「秘密基地、なくなっちゃった……」
ハルト
「レイは? もう、会えないのかな?」
ガイア
「わかんない。けど、また遊ぼうって言ってたよな」
ハルト
「うん、言ってた。また秘密基地で遊ぼうって」
* *
<場面転換 ガイアの店の中>
ナレーション
懐かしい思い出を語らっているうちに、目の前のグラスも、桂花陳酒のボトルも空になっていた。
ガイア(大人)
「結局それから、レイには一度も会えなかったな」
ハルト(大人)
「うん。秘密基地だった場所はキレイに更地になっちゃったし。
いつか来るかもしれないって、新しく秘密基地つくったりもしたけど、それもダメだったね」
ガイア
「泥団子がハンバーグに変わることも、もうなかったしなぁ。あれはやっぱり、レイが起こしてた不思議だったんだよな」
ハルト
「……と、もうこんな時間か。名残惜しいけど、そろそろ終電も近いし……」
ガイア
「おう、そうだな。ちょうどボトルも空になったところだ」
ハルト
「今日は楽しかったよ。今度は同僚も連れて、また来るから」
ガイア
「彼女でも連れてこいよ。デートスポットには最適だろ?」
ハルト
「そんな女がいればな?」
ガイア
「なんだ、その歳で女の一人もいないのか? ま、オレもだけど」
ハルト
「仕事が恋人ってやつだな」
ガイア
「ははは! 間違いないな!」
ナレーション
晴翔はお金をカウンターに置くと入り口に向かい、カランカランと扉の音を鳴らして店を後にした。
晴翔を見送った大地は、さて、と腕まくりをして、最後の片付けに取り掛かった。
──カランカラン と、扉のベルが鳴った。
ガイア
「すいません、もう閉店して……あれ?」
ガイア
「誰もいない? ……いや、どっちかっていうと、誰か、出て行った?
キンモクセイのにおいが、外に流れていったような……」
ガイア
「──ああ……ひょっとして、グラスは三つ、必要だったのかな?」
おしまい。
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