【短編小説/朗読】 おとぎ話の小道具店
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【概要】
あらすじ
童話の世界にでてくるアイテムを扱った秘密のお店。
そこに白雪姫のコレクションをしている男が現れて、鏡が欲しいと言いました。
情報
朗読、一人読み用台本
性別不問
上演時間 約15分
【本文】
「『鏡よ鏡、国じゅうで一番美しいのはだあれ?』の、やつですよね?」
「そう、それです。その鏡、まだ見つかりませんか?」
「そう言われてもなぁ」
アンティークなのか、ガラクタなのか。子ヤギくらいならはいれそうなほど大きな振り子時計や、ロバの頭のかぶり物が。半分が赤いペンキで塗られた白バラが生けられた花瓶に、綺麗な宝石があるかと思えば大きな石ころまで。ごちゃごちゃに所せましとたくさんのモノが積んであります。
溢れるモノをかきわけるように置かれたテーブルに向かい合って座っているのは、この部屋の主と、その客人でした。
この部屋はアパートメントの一室にこっそりと開いている小道具店です。
部屋の主である青年はだぼだぼの服に、あっちこっちを向いた髪の毛。およそこの部屋のように雑然とした身なりの彼は、椅子の上にあぐらをかいて、困り顔で頭もかいています。
客人の方はというとその反対で、きっちりとした背広を着て背筋を伸ばした紳士です。とはいえ、街を歩けばどこにでもいそうな、ごくありふれた男でもありました。
「まずね、俺は、依頼を受けて品物を仕入れるってことは、しないんですよ。この中に“ない”なら、“ない”んです」
青年はぐるりと周囲を指差しながら言いました。
「だから、お願いしてるんじゃないですか。
いや、この際、積極的に必ず約束通りに仕入れてくれなんて贅沢は言いません。でも、確実に買う男が目の前にいるんですよ!
いつまでも売れずに、ここでずっとホコリをかぶることはありませんよ」
紳士も、ぐるりと周囲を指差しながら言いました。
「なんでそんなに、その鏡にこだわるんです?
鏡なら他にも……ほら、これなんか。条件が揃うと鏡の国に行けるらしいですよ。こっちの姿見は、見たいと思った遠くの出来事が映るそうで。もちろん、なんのへんてつもない鏡もありますし」
「しかし、私が欲しいのはそれらではなくて『白雪姫の継母の魔法の鏡』です」
紳士が身を乗り出して言ったので、青年はもう一度頭をかきながら「はぁ」と大きくため息をつきました。
「まあ……心には留めておきます」
「心に留めて置くだけでなく、なにとぞお願いしますよ」
紳士はしつこく食い下がります。
「さて、お夕飯でもお出ししましょうか」
青年はおもむろに立ち上がって言いました。
「え? まだ昼ですけど?」
「夕飯、召し上がって行きますか?」
近くに立てかけてあったほうきの上下をひっくり返しながら、青年はもう一度言いました。
「ですから、時間としては昼食じゃ……」
「帰れって言ってんの!」
最後には声を荒らげて、手にしたほうきで掃き出すように客を追い出すと、青年は疲れ切った顔で大きくため息をつきました。
「しつこいわねぇ、あのおっさん。ね、エミール」
あっちこっちにはねた髪の毛の隙間から、ひょこりと小さな女の子、ヘレナが顔を出しました。人の形をしているけれど小鳥のような小ささで、背中には透き通った羽根が生えた妖精です。
ヘレナはエミールと呼んだ青年の頭からぴょんと飛び出すと、羽根をひるがえしながらテーブルの上に降り立ちました。
「白雪姫のお話がよっぽど好きなのね。これまでも絹のしめ紐や櫛や毒りんごの製法を書いた本や、色々と買っていったもの」
「収集家なんだとさ」
「だったらいっそ、鏡だけじゃなくて、他にもいろいろ“持ってきたら”あの人が買ってくれるんじゃない? 七人の小人のつるはしとか」
「簡単に言うなよ、ヘレナ。頼まれたからって鏡を仕入れに行くのも、しゃくだし」
「けど、意地張ってても絶対また来るよぉ? あの客」
「そうなんだよなぁ。だから、本当にしゃくだけど……」
エミールは部屋の奥のクローゼットを開けました。中にはずらりと、衣装がかかっています。モーニング、羽織袴、軍服、ぼろきれのようなくたびれた服もあれば、王子様のような立派なジャケットまで。まるで芝居小屋のようにありとあらゆる衣装が揃っています。
ぼさぼさの髪もきちんと整えて、取り出した衣装を着ると、エミールはお城に出入りする商人のような出立ちになりました。ヘレナは彼の帽子のつばに、ちょこんと座ります。
「行こうか。白雪姫の世界へ」
エミールは、本棚に立てかけたはしごの、下から三段目をコンコンコンと三回叩きました。
はしごと本棚はひとりでに動いて、人ひとりが通れるくらいの入り口が現れます。その先は前も、上も、足元も、どこもかしこも真っ白です。エミールは、ひょいと跳躍して真っ白の中へと消えました。
◇◇◇
お城の中では、女王様が魔法の鏡に向かっておいででした。
「鏡よ鏡、国中で一番美しいのはだあれ」
『女王さま、ここでは、あなたが一番うつくしい。
けれども、わかい女王さまは、千倍もうつくしい。』
物語は終盤、今度こそ白雪姫を始末したと信じている女王様が、それでもまた自分が一番ではなくなってしまったことに、とてもお怒りになっている場面です。
女王様がひとしきり怒り狂って、すこし落ちつかれた隙に、エミールは女王様の前に姿をあらわしました。
「ああ、麗しの我が女王様。さぞ心痛める出来事に見舞われたことと存じます」
「そなたは誰だ。どこから入った?」
「私めは卑しい商人でございます。願わくば女王様のお役に立つべく、馳せ参じました。
聞けば異国のご婚礼に招かれておられるとのこと。女王様の美しさを引き立てる品々がご入用かとお見受けいたします」
はじめは大変に怪訝なお顔をされて、すぐにでも商人に扮するエミールを追い出そうした女王様でしたが、エミールが品物を並べはじめますと、たちまちに女王様のお顔はかがやきました。
ドレスもアクセサリーも、珍しく、華やかで、それでいて高貴なものばかりで、花嫁よりも美しくなれそうだと期待のもてるものでしたし、エミールはその魅力を存分に語りました。
「ところで、ついでのお話で恐縮ではございますが、よろしければ不用品の引き取りもたまわっております。
どうでしょう? その古びた鏡など、世界一のお美しさであらせられる女王様をお映しするには、いささか地味でありましょう」
「この鏡はそう易々と手放せるものではない」
「そうでしょうとも。このお部屋にあるものはすべて、女王様の大切なお品物。じつはその鏡の秘密も、私めは存じております。
その上で申しましょう。その鏡はもう、真実を告げることをやめてしまったのではないですか?」
「確かに……。つい今しがた、鏡がおかしなことを言うので怒っていたところであった」
「ですから、もう役にも立たぬ鏡を持っていたところでしょうがないでしょう。どうです、女王様。
これらのドレスやアクセサリーと、鏡を、交換といきませんか?」
女王さまはどこか夢見心地にエミールの申し出を受け入れて、鏡を差し出し、かわりにわかい女王さまの万倍も美しくなれそうな品物たちを受け取りました。
「さあ、女王様におかれましては、私に会ったことなどすっかり忘れて、もとの物語へとお戻りくださいませ」
エミールは女王さまにうやうやしくお辞儀をすると、そのまますぅっと、姿を消しました。
◇◇◇
「鏡は、女王の魔法の鏡は手に入りましたか⁉︎」
毎日のように店に訪れていた男が、今日もやってきました。
「はい、確かにご用意しましたよ」
「ああ、ああ、ありがとうございます!」
「たまたまですよ、たまたま仕入れがあったんです。品物を指定した仕入れ依頼なんて、受けてないんですからね?」
「ええ、ええ。さあ、買わせてください、その、鏡を!」
興奮する男に圧倒されながら、エミールは鏡を渡し、お代を受け取りました。男はとても満足げに、足取り軽く帰って行きました。
「嬉しそう、っていうより、必死ね。帰ったら自分がいかに美しいか聞いてみたりするのかしら。正直、鏡に聞くまでもない顔だと思うけれど」
ヘレナがひょっこり顔を出して言いました。
「さあねぇ。客が買っていった品物をどう扱おうが、俺の知ったこっちゃない。物語の道具を使ったことで何が起きようがね。
ろくなことにならないことも、多いけど」
エミールはそう言って、気だるそうに、ぼさぼさの頭をかきました。
◇◇◇
男は鏡を壁にかけると、さっそくたずねました。
「鏡よ鏡。この町で一番美しいのはだれ」
『それは、アリア。西通りのアリアが一番うつくしい』
「そうか、そうか……!」
男はにやりと笑いながら、部屋に並ぶいくつものガラスの棺を愛おしげに撫でまわしました。
「毒りんごで美しいまま永遠の眠りについた僕のコレクションに、次はアリアが加わるんだ。
ああ、鏡よ鏡。美しい娘を教えてくれる鏡よ。これを所持するのに、私ほど相応しい者はあるまい」
◇おわり◇
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