『守るべきもの』
トランスジェンダー女性俳優モノローグ(一人芝居台本)
『守るべきもの』本文
作:奥村ひろ
(深夜。コンビニの駐車場。車中)
おおー、ありがとー。
ここのアイスカフェラテ好きなんだ。
甘いものも、あーいいね。
で、どうだった。初めてのおつかいは!
ヤバかった?うん、どうヤバかった?
心臓バクバク?
そっかー。
女性の恰好で外に出て、ひとりで歩いて、コンビニに入って、人と話す。
今日のこの初めてづくしの行動がしょこちゃんにとって、大きな一歩になるんだよ。
今はまだウィッグだからねー、地毛が伸びたらもっと自然になるよ。
メイクもちゃんと教えてあげるから。
何言ってんの。
最初は誰だって笑われんのよ。
私だってゴミムシを見るような目で見られたことあるんだから。
ほんとに、最悪だった。
でもそんな経験があったから、今があるということも言えなくもない。
だからパスするまで家に籠るより、さっさと外に出た方が結局は早いと思うのよねー。
まぁ、結局は自分次第だけどね。
というわけで、しょこちゃんの勇気と美貌に乾杯!
んー、うまい!
ん?げっ、パトカー。
めんどくせー。
いや、今動いたら余計に怪しまれる。
やっぱ来たか…
大丈夫、私に任せといて。
(警察官2名が運転席に近づき、窓を軽くノックする。窓を少し開ける)
はい。
あー、その前にお名前を教えていただいてよろしいですか。
マチダさん、所属は…地域課の方なんですね。
そちらは…地域課のヒサマツさん。
あっ、手帳は大丈夫ですよ。
いえ特に。ドライブの途中で休憩してるだけですよ。
何ニヤニヤしてるんですか。
免許証ですか…少々お待ちを。
はい、どうぞ。
あっ、ゆうかじゃなくて、ゆかです。はい。
えっ?この子もですか?
免許持ってる?
ほんとは出さなくてもいいんだけど、ん~、出した方がめんどくさくはない、かな。
ごめんね。
はい、どうぞ。
あーあーあー、しょこちゃんは喋んなくていい。
はい、しょうやって読みます。
さぁ早く照会してください。
(マチダが離れる)
しょこちゃん、ちょっと待っててね。
大丈夫だからね。
(ゆか、運転席から降り、ヒサマツに近付く)
ちょっと、何さっきのあの態度。
ニヤついてさー、感じ悪い。
ヒサマツさんベテランでしょ。
若手はちゃんと教育しておいてくださいよ。
おまわりさんたちには、単なる女装にしか見えないだろうけど、彼女はトランスジェンダーの女性で性別の移行をしたばっかりなの。
でね、そういう時って特に周りの視線や言動に敏感なのね。
だから変な目で見られたり、女装ってからかわれたりしたら、心が削られるの!
ぶっちゃけ、死にたくなるの!
みんなそういう経験をしてるのよ。
彼女を傷つけたら、絶対に許さないから。
もしそうなったら、あんたらの違法な職質、公安委員会にブチまけるからね。
黙ってたけど、さっきのあれ滅茶苦茶だから。
私たちは車を駐車場に止めていて、運転中じゃなかった。
ましてや違反の現認もないんだから、道交法での免許証の提示要求は認められない。
車を運転してここに来たんだから、という理由もダメ。
だから自ずと職質になる。
そうなったら、警職法第2条に引っかかる。でしょ?
私たちは犯罪を犯しましたか?
はいかいいえで答えてください。
そうですよね。
では、私たちが犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由はありましたか?
だから、はいかいいえで答えてください。
いやいや、警察法第2条1項を引っ張り出して誤魔化さないで。
あれで身分証提示させるのは無理筋でしょ。
もう正直に言ってくださいよ。
ほんとはたまたま車の中に女装姿を見つけて、単に怪しいって思っただけでしょ?
失礼すぎますよ。
はぁ?危ないもの?ったく。
一番危ないのは、ヒサマツさんのお腰についてるニューナンブでしょうが。
荷物なんて別にいくらでも見せますけど、こっちが何も知らないと思って横着しすぎ。
それから、さっきマチダさんが「免確(メンカク)による女、総合1本」って言ってたけど、私の性別が男だって知らされて戻ってくるから、それも茶化さないで。
な・に・か?
あっ、123(イチニサン)終わったみたい。
早く行って、お願い。
(ヒサマツ、マチダから免許証を受け取り、ゆかに手渡す)
ふたりとも00(ゼロゼロ)だったでしょ。
うん、知ってた。彼女、いい子だもん。
もういいんですか。
ありがとうございます。
私ですか?
いえいえ、ただの…まぁいいや。
じゃ、これで。
どうかおまわりさんたちは、法律を守って頑張ってください。
私は仲間を守ります。
はい、お気を付けて。
(ゆか、ヒサマツの後ろ姿に敬礼をする)
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