『私の価値と条件』
トランスジェンダー女性俳優モノローグ（一人芝居台本）
『私の価値と条件』本文
作：奥村ひろ
早速ですが、私の条件をお話ししますね。
私はトランスジェンダーの俳優ですから、オネエタレントの扱いはしないでください。
ドッキリで驚かして、野太い声を笑い者にするとかは無しです。
三人称を使う場合は、「彼女」でお願いします。「彼」や元男性という表現はNGです。
男性時代の名前も写真も公表はしません。
はい？
私の経歴ですか。
未経験です。
続けていいですか。
体の状態を公表する場合は、全て私自身のタイミングで行います。
インタビューや取材で聞かれた時は、間に入って止めてください。
本来、治療の進行度や体の状態は、おおっぴろげに言うものじゃないですからね。
健康診断の診断結果ですら、要配慮個人情報に該当しますから、かなり慎重に取り扱われなければならないんですよ。
はい、ですから未経験です。
続けますね。
後、トランスジェンダーが不遇の死を遂げるとか、サイコパスの殺人鬼役とかのオファーは全て断ってください。
そんな役を当たり前に引き受ける時代はまだ来ていません。
その他、私が不当な扱いを受けた時は、全力で守ってください。
ネットで誹謗中傷を受けた時の、情報開示と訴訟費用もお願いしたいです。
そうですか…。
私は人間ですから、これくらいの配慮を受ける権利は当然あると思っています。
というのはさておき、確かにおっしゃる通り、私のような者にそこまでのコストをかけるメリットは無い…ように思えますよね。
それは甘んじて認めましょう。
しかし社長、今後トランスジェンダーの俳優は増えていく一方ですよ。
そしてこの先、来年か何年後かは知りませんけど、あなたがどうしても手に入れたい俳優が現れて、きっとこの席に座って交渉することでしょう。
その時に今私の話した条件を提示してください。
これだけで未来のトランスジェンダーの名俳優がこの事務所に所属することになるはずです。
その将来の名俳優が困らないように、私を丁重に扱う練習をして、今のうちに受け入れ態勢を作っておきましょう。
いわば私は実験材料です。
これで条件を提示するだけじゃない、すでに実践していますと胸を張って言えるじゃないですか。
どうです？
この条件で私を雇いませんか？
近い将来、必ず私に感謝しますよ。
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