『お風呂入ろ!』
トランスジェンダー女性俳優モノローグ
『お風呂入ろ!』本文
作:奥村ひろ
(ベンチに座っている女を、男が撮影している)
そうですね…私にとってホームレス支援とは…
ん~、一言で言うと…罪滅ぼし…ですかね。
(早口で)
存在してはいけない自分が存在していることに対しての罪滅ぼしと、許せない相手を許せない自分に対しての罪滅ぼし…
あぁ、やっちった。ここカットで…
今私の生活は恵まれていて…でも、なぜかそれがいけないような気がして…
うまく言えないですけど、何か人の役に立つことをしてバランスを取ろうとしてる感じはあるんですよねぇ…
この公園にいる人たちは、こんな蒸し暑い中で寝泊まりしなきゃいけない。
ほら、虫だっていっぱいいるし。
それに比べて私はいつでも好きな時にお風呂に入れて、エアコンの効いた涼しい部屋で寝られる。もちろん虫はいないです。
もう、これが特権でなくて何なのって感じ。
匂いだってそう、ここ通る人みんな臭い臭いって言ってますけど、その特権を持ちながら面と向かって「臭い!」なんて言えないですよ。
怖い時?
ありますよ。特に夜とか…
そうだ!私こう見えて子供のころ空手やってたんです。強いですよぉ!へへっ
でも…男性なら…その強さを発揮しなきゃいけない場面がほとんど無いから…
ま、想像ですけど…
これも特権のひとつですよね…
なんかこんな考え方って変なんですかね、私。
え~、最後に一言?…はい、これからも自分のできる範囲で支援というか、お手伝いというか…はい、やっていこうと思ってます。
たまにですけど、炊き出しのボランティアとかもやってるので、どこかで会ったらよろしくお願いします。
今日はありがとうございました。
はい、では、さよなら~ばいば~い!
(男、カメラを止める)
はい、ありがとうございました!おつかれさまでしたぁ。
いやぁ、緊張したぁ、私YouTube、というか、撮影自体が初めてだから…
OK? 良かったぁ。
あっ、モザイクですよね…どうしよ…一応お願いできますか…
では編集お願いします。いい感じに…えぇ。
あのう何てお呼びしたら…シンさんで大丈夫ですか。
シンさんと会うのって、今日で2回目ですよねー。
そう、向こうの噴水の方で初めて、うん。
いきなり、「心理カウンセラーYouTuberのシンです」って、めっちゃ良い声でした~
失礼ですけど、今おいくつなんですか?
えー、若ーい!
私? 2コ下です。同世代ですね~
いえ、特に何もないですけど、どうします?
あっ、ビールいいですねぇ!!
こんな蒸し暑い日は特にねぇ…と言いつつ私飲めないんですけどね、ははは
ほんとですよぉ、一滴も…あぁそれよく言われる~。
めちゃ飲めそうな顔らしいです私。
昔は先輩に「おら、もっと飲めよ」なんて、肩パンされて…
あっ、えーっと…私じゃなくて、そう、男の子たちがね、うん、みんな飲まされてた…
シンさん…
実は…一ヶ所付き合ってほしいところがあるんですけど…
いや、この公園の中、あそこのベンチのところです。
ちと、訳アリで…いや、いてもらえるだけでいいんです。
いいですか、すみません。
(ふたり、ベンチで寝ている男の傍らに立っている)
すみませ~ん、すみませ~ん。
ちょっといいですか~。
すみませ~ん。
チッ、さっさと起きろや、クソボケが!(女、ベンチを蹴る)
おい!
(寝ていた男、慌てて起き上がる)
お・ひ・さ・し・ぶりです…
分かりますか???
まぁ、そりゃ分かんねーか。
はい、ヒントいち~、私は昔カズヤという名前でした、今は違いますけど…
はい、ヒントに~、不本意ながらあなたの子どもです。
はい、ヒントさ、あ?息子じゃねーわ!
はぁ?
相変わらず、うっぜーな。
つか、クソあっちー中、まあまあ探したんですけど~
お前毎日ずっと寝てんのな、やることないんか。
あぁ…
母さんのこと…
ん?知りたい?
へぇ、知りたいんだ…
死んだよ…
死んだ!
お前が出て行ってから、母さんの病気悪化したよ…
何やってんだよお前…
ああああ、もういいもういい!聞きたくない、聞きたくない!
母さんの最後の言葉!言うから!
(女、涙ぐむ)
お父さんを許してあげて…
あなたが迎えに行って…
仲良くしろとは言わないけど、お互いにもう少しだけ歩み寄ってもらえたらうれしい。
そして、お父さんの最後は、できればあなたが看取ってあげて…
(父親、呆然としている)
これ聞いて何も思わねーの?
やっぱ無理だわ…少しはなんとかなるかなと思って来たけど…
母さん、ごめんね…
(シン、女に話しかける)
あっ、シンさん、はいっ!
えぇ、はい、まぁ…
自分を許す?…ですか…
今、許せないこと?
私…かな。
ダメでしょ?許されちゃ…
いいわけないよね。
シンさんだからいっか…話しますね。
実は私…男として生まれたんですよ。
今はこんな見た目ですけど…はい、そうです。
子どものころから、心のどこかでは自分は女だってわかってたんです。
今から思えば、なんですけど…
でも、誰にも言えなくて…どうしようもなくて…
ずーっと、男として扱われて…毎日死ぬことばっかり考えてて…
こんな年になっちゃったけど、思い切って、女として生きていくことを選んだんです。
でも…それでも、自分のこの体が辛くて…存在自体が許せなくて…
そのまま父親とも仲悪くなって…
それを、許すん…ですか?
全部?
自分のことも?
受け入れる?
そんなこと…
出来るんかな…
(女、宙を見て何かを想う)
(女、父親を見据えて)
私は、あなたを許そうと思う!
今はまだ憎いけど、許したいと思ってみる!
それが母さんの願いだから!
そして…
私は私を許す…うん、許そうと心がけます…
次はあなたの番…
あなたは私を許せますか?
あの時と違って…私はこのまま、女として生きていくけど、それでも許せますか?
今はまだ憎いかもしれないけど、これから許そうと思えますか?
ほんと?
ほんとにこのままだよ、私。
うん、分かった。
ありがと…
うううん、私の方こそごめんね。
父さんに色々酷いこと言っちゃった…
ん?あっ、今、言った?父さんって?
おっ、言ったねぇ、ふふ。
帰ろ…
お父さん…帰ろ…
(女、笑みがこぼれる)
帰って…
お風呂入ろ!
うん、臭い!
めっちゃ臭い!
(笑いながら)あ~、シンさん!今日はビール飲も!
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