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ショートショート『エスプレッソ』

勉強がそこそこ出来て、スポーツも得意。クラスでは中心人物の高校1年
そつなくこなしているけど、何か物足りない。これといって不満はないけど、心の底からやりたいことがない。冷めた態度で物事を取り組むのが大人っぽいと思っていた。

そんな自分を変えたくて、アメリカに短期留学。ニューヨークの高校に入る。
英語は日常会話だけだから、クラスではドギマギ。日本出身であることを話すと、珍しがられて、話しかけられる。
色々と英語で話しかけられるけど、聞き取れず、ニコニコするだけ。
物珍しがられたのも最初の2日だけ。徐々に誰も話しかけられなくなる。

そんな時に、声をかけてくれたのが、ジェニファー。英語が分からない僕に日本語を勉強中だということで、つたない日本語で話かけてくれた。金髪で、ピアスがいっぱいあいていて、自分より大人っぽくジェニファーにドキドキ。
放課後、学校のカフェテリアを案内してくれた。コーヒーを飲もうと誘われて、注文口へ。メニュー表を見てもちんぷんかんぷん。ジェニファーから「かふぇらて?かぷちーの?えすぷれっそ?さいずは?」と聞かれて、そもそもコーヒーはカフェオレしか飲んだことがなく、分からない。適当にエスプレッソと答える。ジェニファーから「いいの?」と言われるけど、何がいいのか分からなくて「OK」と伝える。想像よりも小さなカップに注がれたエスプレッソをカウンターで渡された。ミルクが入っているのを想像してたのに、全然違ってた。今更、変更もできず、席について飲む。苦い。カフェラテを飲んでるジェニファーに「おとなー!にがくない?」と言われて、苦々しい顔をしないようにこらえながら、「OK」と答える。ジェニファーがクスクスと笑う。大人びたジェニファーに対してずっと緊張していたけど、笑った時の顔は子供っぽくて、萌えた。
コーヒー飲みながら、英語と日本語混じりで、お互いの小学校時代、中学校時代の話をした。日本とアメリカだと、環境が全然違うと思ってたが、宿題がダルい、夜はアニメを見る、マクドナルドは美味い、など意外と考えてることは同じだった。なんだかんだ、3時間くらい話した。ジェニファーから「そろそろ帰らないと」と言われ、ぬるくなった苦いエスプレッソを飲み干してから、ジェニファーとカフェテリアで別れ、学内にある男子寮に帰った。アメリカにきてから、ニコニコ振る舞ってたけど、内心ずっと不安だったから、仲良くなれてホッとした。

そこから帰国してまでの1ヶ月、放課後はジェニファーと過ごした。
町のショッピングモールに行ったり、ジェニファーの家でのホームパーティーに行ったりした。映画も一緒に見た。字幕がないから、9割くらい分からなかったが。
言葉は時間を決めて変えた。学校中は英語、放課後は日本語で話した。お互いに日常会話はスムーズにそれぞれの言語で話せる様になってきた。
僕はジェニファーが好きになっていた。見た目は派手で大人っぽいのに、笑うと子供っぽい。日本文化について話すと、興味深そうに覚えたばかりの「なるほど」と言う。僕がうっかりキングサイズのハンバーガーを頼んでオロオロしてると、ニヤニヤ笑ってる。英語で話す時は、0.5倍速で、ゆっくりハッキリ伝えてくれる。

あっという間に、帰国の日が来た。
空港に向かう電車に、ジェニファーが学校を休んで付き添ってくれた。日本に帰ったら最初に刺身を食べることや、録画が溜まってる日本のアニメを見まくる話をした。
空港についた。ジェニファーはだいぶ慣れた日本語で「1ヶ月、ずっと興味があった日本の話が聞けて楽しかった!ありがとうね」と言ってくれた。僕も頑張って覚えた英語で、英語を教えてくれたこと、町を案内してくれたこと、英語を教えてくれたことへの感謝を伝えた。
搭乗の時間が来た。僕はジェニファーに好意を持っていることを伝えたかった。日本に帰ってからも、メールや電話をしたいと伝えたかった。たけど、緊張して言えない。その時、ジェニファーから「他に何か言うことはないの?」と言われ、「I love」まで言いかけたが、そこから先が言えない。下を向いて、「I love USA」と答えた。ジェニファーは笑いながら「エスプレッソ飲むのに、子供なのね」と笑いながら言って、下を向いてる僕をハグしてくれた。
僕は、「今この場で言え!」と内心で思ったが、ジェニファーがサッと離れて、「そろそろ行かないと遅れるよ」といわれた。下を向いたまま、ジェニファーに再度感謝を伝えて、搭乗手続きに向かった。自分は何て意気地なしなんだろう。今ここで好意を伝えないと、次いつ会えるか分からないのに。

飛行機の自分の席に座ってこの1ヶ月を振り返っていた。ジェニファーのおかげで楽しい留学が送れた。英語も上達した。ただ、勇気出してアメリカまできたのに、告白すら出来ない自分がもどかしかった。キャビンアテンダントにコーヒーはどう?と促されて、エスプレッソを頼んだ。
想像通りの小さいカップに入ったエスプレッソが届いた。一口飲んだ。相変わらず苦い。「早く大人になりたいなぁ」と呟いた。

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