スープストーリー #1:カボチャとアスパラのスープ
うわ、こんな時間。
月曜祝日を終え、4日間だけの平日。
いつもより1日少ない一週間に喜べるのは火曜の午前中まで。結局、動ける時間が減っただけ。仕事の量は変わらず、目の前にはいつもと変わらぬ一週間分のメールと資料が広げられる。
こんなタイミングに限って暇な上司に飲み会を無理やりセッティングされ、都合よく同郷の友人が東京に遊びに来る。おかげで夜も残れず、いつもなら天国のように感じる金曜日の夜に地獄を味わった。
もう髪もぼさぼさ。なんでヒールなんて選んだんだろう。オフィスの中しか歩いてないのに足もパンパン。五日分の量を四日でやったんだ。それだけ溜まるものだって溜まってる。もう、帰ろう。
駅に向かいながらアプリを立ち上げる。歩きスマホは良くない。こんな時でさえも良識ある行動とやらを意識してしまう自分が少し嫌いだ。もっと大胆に生きればいいのに。
すでに酔い始めたサラリーマンを避けながら歩道の隅に寄りメッセージを送る。
ごめん、今から帰るね。
居酒屋の看板が照らすスマホ画面を見つめていると、たった4日間だけのはずの疲れが肩から首にもたれかかった。大きく目を瞑り、家までの最後の気力を振り絞るべく、鼻から大きくストレスとともに息を吐き出す。あとちょっと。帰れば終わり。ゆっくりと空を見上げる。秋風が心地よく首筋を撫でた。
運良く座れた電車の中で完全に電池が切れた。
うつむいて乱れた髪を垂らしながら、目が覚めたのは運が良いのか悪いのか、最寄の1つ先の駅に着く直前だった。
寝起きのせいか、疲れのせいか。なんだか情けなく感じていると視界が少しぼやけ始めた。滲んだ視界の中でホームに降り、戻りの電車を探す。賑やかな駅の中、一人で佇む自分の存在を感じた。
もうやだ、かえる。
ムカつくヒールに力を込めて、唇を噛み締めながら、一駅だけのために電車に乗り込んだ。
駅から10分。
もう足も限界。色んなものがこぼれ落ちそうだった。
オートロックのドアを開け階段で二階へ上がる。もう、なんでエレベーターないんだよ。
部屋の前に着き、ドアノブに手をかける。自分の期待を跳ね返されることなく、ゆっくりと暖色の明かりが目に入ってきた。
乱暴にヒールを脱ぎ捨てリビングへ向かう。自然と早足になっていた。
ドアを開け、すぐに彼を探す。いない。電気はついているのに。キッチンにもソファにも。ただ、温かくて優しい香りが部屋の中で泳いでいた。
「おかえり」
柔らかいタオルの感触と一緒に目の前が真っ暗になった。体が包みこまれて、背中には温かくて優しくて柔らかいけどたくましい彼の温度を感じる。
ゆっくりとタオルをはがし、彼に体を向ける。
「ご飯食べる?それともぎゅーする?」
両腕を彼の背中に回し、思い切り抱きしめた。彼の体はやっぱり温かくて優しくて柔らかいけどたくましくて、そして気持ちよかった。彼の腕に包まれながら、わたしは言った。
「ごはんたべる」
彼はゆっくり腕をほどくと、おでこにキスをして、そのままわたしをテーブルへ連れて行った。わたしは導かれるままイスに座る。
二十三時。軽くて、お腹に優しいものが食べたかった。
キッチンから甘い香りと一緒に彼が戻ってきた。
「カボチャとアスパラのスープ。もうガッツリって気分じゃないでしょ?他にも食べる?」
全部お見通しだ。遅く帰るだろうことも、お腹の機嫌も。
私は首を横に振り、目の前の器を眺める。
少し大きめの白いスープカップ。その中に優しい黄色をしたカボチャのスープと、柔らかい緑をしたアスパラが浮かんでいる。表面のアクセントにはベランダで育てたパセリが散らされていた。
小さなグラスと発泡酒を手に彼が隣に座り、乾杯をする。
「いただきます」
手を合わせて、スプーンでゆっくり表面のスープとアスパラを口に含んだ。優しくて温かい。アスパラが噛むたびに元気をくれた。
もう一口。そう思いスプーンを深く潜らせる。
ん?アスパラ?
ゆっくりスプーンを持ち上げると、カボチャの大きなかたまりがあらわれた。
「あ、ミキサーちゃんとやってないのバレた」
悪戯めいた顔で彼が笑う。
あぁ、かわいいなぁ。
きっとわたしは、今週で一番素敵な表情をしているはずだ。
スプーンをそのまま彼に差し出す。
甘い声が自分から自然と漏れる。
その声に応えながら、彼は大きな口でカボチャのかたまりを頬張った。
彼のことがだいすきだ。
いただいたサポートは取材や今後の作品のために使いたいと思います。あと、フラペチーノが飲みたいです。