お初天神裏参道・ウラサンのために書いた小説<3>
この度、お初天神裏参道、ウラサンのパンフレット内に小説を掲載させていただくことになりました。
物語や文字数の都合で、掲載できないものの、一つの物語としてカタチになたものがいくつかあるので、せっかくなので読んでいただけると嬉しいです。
今回はその第三弾です。
焦点をあるお店へと向けて書いてみました。
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聖夜と××××××
ウラサンの中に、秘密のバーがあると聞いたのは先月のこと。その店の名は「××××××」。どこにあるかも分からず、そしてどんな店かも分からない。そんな店が果たして実在するのかも信じられないが、私は心のどこかで信じていた。なぜなら、その××××××には特別な客が来た時にだけ提供される「ホーリーナイト(聖なる夜)」と呼ばれるドリンクがあるらしい。そのドリンクを飲むことができれば何でも願いが叶うとか。どうしてもそのドリンクを口にし、願いを叶えたい。それだけだった。
そして迎えた今日は金曜日。一人で飲みに行くには勇気が必要だった私だけど、偶然入った会社の飲み会でアルコールを十分体に染み込ませ、自分を酔わせて、羞恥心を消してからその秘密のバーを探すという作戦を決行した。
二十二時のウラサン。まだまだ夜は終わらず、むしろこれからといった具合に多くの男女で溢れかえっている。いつもよりも少しだけボヤけた視界とともに私は石畳の上を歩き始める。すれ違う人や店内外で食事や会話を楽しむ人を見ていると、どんどんと自分のテンションも高くなる。しかし人に目が行くほど、自分が今どこにいて、どの店を見ていたかも分からなくなってきてしまった。結局何度か往復をするうちに疲れてしまい、ちょうど空いていたビルの隙間で休むことにした。足元には茶色いラベルの空きペットボトルが大量にまとめられ、わざわざここで時間を過ごす人はいない。
「姉ちゃん、一人なん?」
ふと後ろから声をかけられ、その方向を振り返るとそこには小さな男性が立っていた。錦鯉の柄をしたアロハシャツをまとい、腰には瓢箪をぶら下げている。年季の入ったジーパンに、足元はサンダル姿だ。いかにも怪しい。
「怪しまないでいいんやで。俺はウラサンの主みたいなもんや」
ますます怪しい。どうしよう、とりあえず適当に応えて今日は諦めて帰ろうか。そう思った時だ。
「姉ちゃん。××××××探してるんやろ」
「え、知ってるんですか?っていうか、なんで分かるんですか?」
「ウラサンのことだったら、分かるわ。言ったやろ、主なんやって。よし、そうしたら連れてったるわ。ついてきて」
すると、その主と名乗る男性は私に背を向け、ビルの通路の奥へと歩いて行った。果たして信じて良いものか。しかし私はすでに酔いと疲れで冷静な判断なんてできなかった。まして、今日の目的は××××××、そしてホーリーナイトを飲み、願いを叶えること。これはまさに瓢箪から駒なんじゃないか?この好機を見逃してなるものか!私は慌てて、彼の後を付いていった。
それからの道のりはあまり覚えていない。こんなにも大きいビルだったろうかと思うほど、目の前を歩くウラサンの主は、何度も階段を上り、踊り場にある扉をくぐったと思えばまた階段をくだり、またそこから新たな階段が生まれ、それは迷宮のように何度も繰り返された。。初めは灰色の古びた外壁だった景気は、扉をくぐるたびに変わっていった。新緑に囲まれたと思えば、夏のような暑さが漂い、一面を紅葉が敷かれた床の上を歩いたと思えば、天井から雪の降る階段を歩いたこともあった。何度か春夏秋冬を繰り返すと、薄暗いレンガ調のビルの廊下にたどり着き、ようやく男は振り返り私にいった。
「ここが××××××や」
重々しい扉からは、橙色の暖かい光が漏れている。男がその扉を開けると、その時何かのゲームが始まるような音が私の耳に入ってきた。
ウラサンの主は慣れた様子でカウンターに腰掛けると、向かいに立つマスターらしき男性に声をかけた。
「いつもの頼むで」
マスターは、ゆっくりと棚に置かれたボトルをいくつか取り出し、カクテルを作っていく。
「姉ちゃんはどうする?」
「あの、私カクテルとかよく分からなくて」
「そしたら、マスターのおすすめがええわ。うまいこと出してくれるやろ」
主がマスターへ投げかけると、ゆっくりと静かに頷きながら、マスターは私の分のカクテルも作ってくれた。
初対面のはずだし、怪しいと思っていたはずなのに、マスターが出してくれる色とりどりのカクテルの数々に自然と胸が踊り、私は隣に座るウラサンの主と色々な話をしていた。
「春風」「サマースカイ」「秋恋」「冬の花」と四季の流れを感じる名前のカクテルが次々と目の前に提供され、その彩りが私たちの会話を盛り上げていた。
「仕事楽しくないん?辞めてもえんやで、そういう時は」
「結婚?そんなもんしようと思ってするもんちゃうで」
「辛いこと知ってたらな、他の人にも優しくできるやん。良い経験だと思えば良いんや」
「良い女っちゅうのは、そうなろうと思わなくなった時からなれるんちゃうん?知らんけど」
色々と心に刺さりそうで、そうでもなさそうで、的確だけど適当な言葉を次々と発していくウラサンの主だったが、なんだか話していくうちに自分の中で抱えていた悩みやモヤモヤした気持ちが無くなっていた。
「ええ時間やん、そろそろ最後の一杯にしよか。いつもの頼むわ」
「かしこまりました」
マスターは、ゆっくりと頷き、ロックグラスを用意した。最後の一杯はどんなカクテルなのだろう。期待に胸を膨らませ待っていると、琥珀色の液体の中に月のように丸い氷を浮かべたドリンクを私たち二人の前に置いた。
「最後の一杯はいつもこれなんや。その名もホーリーナイト」
飲めば願いが叶うというホーリーナイト。幻惑的な色合いの水面に透明な満月が浮かぶような、幻のドリンクがついに私の目の前に現れた。
「これが飲みたかったんやろ。一気に飲まないと効果ないで」
ウラサンの主はなんでもお見通しだ。私は言われるがまま、冷えたグラスを口に添え、一気に傾けた。独特の香ばしい香りと喉を通る清涼感。今までにこんなカクテルは飲んだことない。というか、これは。
「ほうじ茶・・・?」
「せやねん。二日酔いならんようにな、最後に一杯飲んどくだけでも違うからな」
私はほうじ茶を飲むために、こんなにも必死になっていたのか?しかし、なぜこんなお茶がホーリーナイトなんて名前で提供されるのだ。そう思っているとマスターはため息交じりに私に語りかけた。
「ある晩、彼が帰り際にお茶が飲みたいと言ったので、その時はほうじ茶を出したんですが、それが大変気に入ったようで。それから毎回『ほうじ、無いの?』と。以来、様々な噂が噂を呼び、彼も調子に乗り今の『ホーリーナイト』という名前で呼ぶようになりました」
「なんですか、それ」
「私も彼には昔から世話になっているので何も言えず。申し訳ありません」
「じゃあ、願いが叶うっていうのは?」
「それも尾びれ背びれがついた噂です。ただ、悩みが少し解消したんじゃないですか?考えていた願いも少し変わっているかもしれません。色々な方がそう仰るので」
まったく、どういうことだよ。文句を言ってやろうと置いていた視線をマスターから隣の主へ向けると、そこに男性の姿はなかった。
代わりに、カウンターには鯉と瓢箪の描かれたコースターが、ホーリーナイトとともに輝いていた。
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店名の部分は、実在するお店の名前を使っていましたが、秘密にして欲しいと言うことなので、今回は伏せています。
ガイドブックのはずなのに、秘密のお店があるなんて面白いですよね。
そんなワクワクを感じてもらえればと思い、書きましたが、文字数があまりにも多くなり、不掲載となりました。
ただ、これが元となり、冊子に掲載する小説が出来上がったと言えます。
本掲載分は、ぜひ実物を手に、現地で読んでいただけたら嬉しです。
いただいたサポートは取材や今後の作品のために使いたいと思います。あと、フラペチーノが飲みたいです。