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ノスタルジーが切り開く未来~池本喜巳写真展「Future Nostalgie」
写真展の舞台は、2023年に開館した「岡山芸術創造劇場ハレノワ」の地下にある小劇場。心地よい音楽が響鳴する真っ黒な空間に、高天井から吊り下げられ56枚の写真が、ゆらゆらと揺れる。これまでの写真展では味わったことのない、新鮮な体験だった。
手漉きの雁皮和紙に印刷されたモノクロ写真の背後から、舞台用のライトがあたる。透過光で写真を見ると、じっさいに写真のなかの空に、窓に、廊下に、道に、光が充ちている。人や動植物の姿が逆光を背に浮かび上がり、「そこにいる」という気配がしてくる。
吊りさげられた和紙の小道に足を踏み入れる。ほんとうに路地に迷い込んだかのようにして、1970年代から80年代に山陰や岡山で撮影された人や風景と目が合う。身体ごと写真に写し撮られた「生きられた時間」に没入する。そんな感覚に陥る。横を通り過ぎると、しゃらしゃらと和紙が音を立てて揺れる。その音や揺らぎも、そこにいる気配につながっている。そこに「ある」ではなく。
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今回、小劇場を会場にしたことで、写真の展示やライトの位置など、さまざまな制約があった。通常の写真展ができないなかで、アイディアを出し合い、独創的な展覧会を実現させたのは、監修の能勢伊勢雄さん、キュレーターの中西亘さん、プロデューサーの森山幸治さん。いずれも岡山の芸術文化の第一線で活躍している三人だ。
雁皮和紙への写真プリントは、池本喜巳さんが提案した。鳥取市青谷地方の雁皮を原料とする80×140センチの大判の手漉き和紙を製作したのは、因州和紙の伝統工芸士、長谷川憲人さん。透過光で鑑賞するために、写真の濃度を高めた画像が特別に作成された。その画像を、ごく薄く漉かれた微細な凹凸のある雁皮和紙にプリントするという困難な作業を手がけたのは、諸吉陽子さんである。何度もエラーが出るなか、「機械のご機嫌をとりながら」の作業だった。
今回の展覧会のテーマである「フューチャー・ノスタルジー」は、能勢伊勢雄さんが以前から提唱していた概念だ。池本喜巳さんの写真集『On Display』(Case Publishing, 2023)や今回の展覧会目録『future nostalgie 懐かしき未来』(オーク出版, 2024)に寄稿された能勢さんの文章に、その意味するところが解説されている。私たちが、何かを「懐かしい」と感じるのは、「いま・ここ」にあるべきだったものがそこにある、という感動を覚えるからだ。
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つまり、懐かしさは、ただ過去を追憶しているわけではない。「こうあるべきだ」という未来へと向けられている。歴史上の悲惨な出来事を想起するとき、たとえ実際に自分が経験したことでも、そこにノスタルジーを感じることはない。逆に自分が経験したわけではない過去の出来事に、懐かしさを覚えることはある。それは、こういう過去の時間がいまここに出現してほしいという希求と渇望の感情だからだ。「ノスタルジー/懐かしさ」には、未来のユートピアを切り開く力がある。
池本喜巳さんの写真を観ると、身体の奥底からノスタルジーの感情が呼び醒まされる。会場を訪れた中学生のグループも、フランスから来た人も「なつかしいー!」と声をあげていたそうだ。これらの写真を鑑賞する経験は、過去の日本の故郷/古里をロマン化して郷愁にふけることではない。ノスタルジーが喚起する、よりよき世界へと向けられた想像力の拡張が、私たちが守るべき価値を可視化させ、それが具体的な未来へのビジョンとなる。これまでにない展示方法とあいまって、写真のもつあらたな可能性を指し示す、画期的な展覧会である。
文・写真:松村圭一郎
<写真展情報>
場所:岡山芸術創造劇場ハレノワ・小劇場
アクセス:https://okayama-pat.jp/access/
会期:2024年12月17日〜12月27日
展覧会URL: https://okayama-pat.jp/event_info/feature-nostalgie/