9月某日、初めて珈琲豆を買った
その日はお仕事が休みで前日から「明日はいよいよ豆を買おう」とたくらんでいた。
コーヒーを豆から挽いて淹れていることはなんとも憧れだった。
新社会人1年目。
朝インスタントコーヒーを飲むことは仕事前にシャキッと気持ちを立たせるための習慣になっていた。朝インスタントコーヒーの入っている瓶の蓋を開けるだけで頭が覚める。
けれど休みの日もインスタントコーヒーの瓶を開けてパッと作っていたらそのうち、時間のある休日はじっくりコーヒーを豆から挽きたいと思うようになった。音楽をかけながら珈琲豆を挽いて広がる香りを味わいながら過ごす朝を想像する。
「うーーあこがれる!!!」
それに、珈琲豆を挽くアレがとってもお洒落。
社会人になったと同時に一人暮らしを始めてコロナというのもあってお家のインテリアには夢中だった。珈琲豆を挽くアレ、コーヒーミルというらしい、は置いてあるだけでなんだかお洒落で憧れる理由でもあった。
はて待てよ、なにか似たようなのが実家になかったか。
欲しいなとぼんやり思い始めてから数か月後、急にふと思い出した。
小さい頃、家のロフトにちょっと埃が積もっている古めかしい木の箱みたいなものがあって、引き出しがあるから収納なはずなのに上についているものが一体なんのためのモノか分からないまま、ただぐるぐると回して遊んでいたことを。
「珈琲豆挽くやつなんて家にある?」と親にLINEしてみると、写真が送られてきて感激。そうそうこれ。
実家のものは定番であるKalitaのコーヒーミル。嬉しくて、珈琲豆からコーヒーを淹れてみたいことを伝えると、使ってないからあげるよと譲り受けてさせてもらった。
送られていたコーヒーミルの写真。
ドリッパーも譲ってくれた
いよいよ、憧れの珈琲豆購入day。
その日は曇天で少し雨もパラついていた。それでも音楽を聴きながら足取りは軽い。
歩いていける距離に珈琲専門店があるのだ。十字路の一片にある小さな店舗。一杯のコーヒーとあんバターサンドやプリンなんかも買えることが分かる洒落た看板がいつも置かれていて、チラッとガラス越しに中をみると10種類ほどの珈琲豆が並んでいるのを知っていた。中には2名様が2組ほど居れそうなソファやチェアがある。
ついに念願の店舗へ足を踏み入れる。少し自分が余裕ある大人になった気分で照れるな、嬉しい。
対応してくれたのは肩ほどまである柔らかいベージュ色した髪の毛が素敵な男性の店員さん。
珈琲豆を買いたいことを伝えてオススメを聞くと、飲みやすいオリジナルブレンドを紹介してくれた。
店員さんの説明をききつつ、説明文をみた。
おお。なんて魅力的。すぐに惹かれてこれにすると決めた。
100gで5、6杯飲めるそうでまずはそれだけ買った。紙袋に入った珈琲豆を受け取り、帰り道は雨の粒が少し大きくなっていたけれど行きよりも足取りは軽い。傘をはじく雨粒と一緒に、なんだか自分も上下に弾むようにタタンと歩く。
家に帰ってきてテーブルを片づけ紙袋だけを置き対面する。少し手をふれただけで珈琲の香りがぷん、とした。開けて思いっきり香りを吸う。
「焼き芋だ~~~~」
本当なのだ。ホクっとした深い秋の香りがする。思わず笑ってしまった。
さて。初めてコーヒーミルに慎重に量った15gの豆を転がす。
カリ、カリ、カリ。ハンドルを回すといい音が響く。いい香りが鼻を通る。珈琲豆を挽く時間の心地よさを初めて知った。
幼い頃何度もパカ、パカと開けてもいつまでも空っぽだった引き出しの中にはふかふかの珈琲豆の粉がたまった。
フィルターをドリッパーにセットし粉を入れたらお湯を注ぐ。ネットで検索しながら『の』の字を描いてはみるけれど、うちにはドリップポットがないから少しどぼどぼとお湯が注がれてしまうのはご愛敬。(コーヒー好きに皆さんには𠮟られてしまいそうだ。そのうち購入したい。)
ちょうどカップ一杯分ぐらいが抽出できたところで、帰りがけスーパーで買っておいたクッキーもお皿に並べたら準備は整った。
口元が緩んだまま一口。
「ううーーん」
おじさんみたいにうなった。
「全然違うな、やっぱり違うよな、こんなに違うのね」
まず、口いっぱいにどこかあたたかな蜜たっぷりな焼き芋を思わせる甘味が広がる。秋を感じるのです。そのあといろんな秋の味覚が交叉するのだけれど(きっと、フライフルーツやら果実感を感じる、と説明されていたそれ。)一番最後にとても分かりやすくふっと残るスパイシーさを感じた。面白い。
目をつむる。この味わいが口の中で流れるのは短い時間なのに、なんだかとても遠いところまで旅をしたような感覚が体を包む。秋晴れの中紅葉した木々を見上げながら小道をのんびりを散歩した気持ちだ。
「豊かだな」
9月某日
初めて珈琲豆を買った 新しいことを一つ
自分の世界が豊かになった
秋。珈琲豆を抱える